【願望】 |
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私見ですが、好みの分かれる表現が含まれています 閲覧の際はご注意ください。 一つでも苦手な表現がある方はこちら↓を反転して下さい。 一部ネタバレでもあるのでご注意を。【リバ】【腐ったものを食べる表現】 |
人里離れた奴隷市。 市場独特の饐えた臭い、下卑た談笑。 私はここが嫌いだった。 酷い死臭を誤魔化すための強い芳香剤は、 鼻の利く私には少々応えた。 ここでは毎日命が絶える。 生憎、 奴隷にかける憐憫などない私には、感慨深いものもないが。 あまり気分の良いものではない。 今朝せっかく手入れをしてきた尻尾も、 安物ランプの油汚れと擦れ、汚れてしまった。 私は不快だった。 屋敷から外に出る事があまり好きではなかったのだ。 先代の真似事しか出来ない、 無個性の私をもてはやす世間。 打算に満ちた醜い駆け引きなど、 商売だけで十分だった。 だから私は、屋敷の外の世界が嫌いなのだ。 だがそれでも、 私はこの奴隷市で、 一匹奴隷を買わなければならなかった。 先々月、 長年勤めていた家政婦が他界したのだ。 彼女は先々代の主人から私の家系に付き従った女中らしいが、 あいにく血族が居なかった。 丁重に葬った催事に顔を出したのは私独りだけだ。 広い屋敷の全てを整備していた彼女が居なくなって以来、 私の仕事はまったくといっていいほど、 はかどらなくなってしまったのだ。 独りでは日常生活もままならない自身が、 情けなかった。 本当ならばそれなりの対価を払い、 新しい家政婦でも雇う所なのだろう。 だが、 商売の全てを取り仕切っている屋敷に、 自由に外と行き来をする他人を雇うのは愚かな行為だ。 いつ密書が漏れてしまうかも分からないからだ。 だから私には、 自身に隷属する奴隷が必要なのだ。 奴隷ならばもし大事な内情が漏れようとも、 簡単に始末することができる。 金で取引される奴隷に、 人権など無いのだ。 すれ違った通行人の煙草の臭いが再度鼻を刺し、 私は眉を顰める。 目的の奴隷売り場はもうすぐだ。 私は込み上げる不快感を我慢し、 人ごみを掻き分け歩む。 丁度、市場の中心地。 鮮やかに彩られた真紅のカーテンが目印の店。 ここは先代がよく使っていた奴隷店だ。 力自慢のオーク、手先が器用なホビット。 キャットテールと呼ばれる猫の亜人まで一通り扱っている。 店主は最後にあった時と同じ、 小うるさいリカントロープ。 犬の臭いは不快だ。 本日何度目だろうか、 私は自分でも違和感を感じるほどに眉を顰める。 どう声をかけようかと迷っていると、 店主が私を見つけ文字通り尻尾を振って近寄ってきた。 「これは珍しい、 オキツネ様の所の富豪様じゃないですかい。 相も変わらずお美しい、 拝謁できて至極わたくしめは感動でございます」 「世辞はけっこうだ。 雄の奴隷を一匹よこせ、 種族は問わない。 奴隷に金をかけるつもりは無い、安ければ安いほどよいな」 媚を売り始める店主を軽くあしらい、 私は用件を手短に話した。 早く、 帰りたかったのだ。 ここには妙な重く暗い空気が漂っている。 耳の毛先が軽く縮れ、不快感はますます募る。 「へいへい、安い雄の奴隷でございますね。 えーと、奴隷には何をさせるおつもりで? うちには家事用、肉体労働用、 他にも臓器用に性奴隷用なんてのもありますが」 「モノさえ運べれば問題ない。 まあ軽い家事ぐらいはさせるつもりだから、 あまり頭の悪い種族は困るが。 そうだな注文をつけるとすれば、 あまり小うるさくない奴がいい。 私はうるさいのは嫌いなのだ」 「うるさいのがお嫌いで! あー、分かります、分かります。 うるさい奴は本当に困りものですよね」 やかましく媚を売りながら、 店主は管理書類なのか、 束ねた紙を一枚、二枚と捲り始める。 店主の吸う煙草を煩わしく思いながらも、 私は目線を逸らし無言のまま待つ。 「コレなんかいかがでしょうか? 種族はエルフ族ですから、無駄なしゃべりもしませんでしょう」 店主が連れてきた奴隷は小奇麗に装飾の施されたエルフだった。 だが、 その首に付けられた値札は相場の二倍にも三倍にも匹敵する価格だ。 金があるだろうと踏んで、 一番高い奴隷を押し付けるつもりなのだろう。 「高いな。 いっただろう、私は奴隷に必要以上の金をかけるつもりはない。 安い奴隷がいないのならば他をあたる、邪魔したな」 交渉のための台詞ではない。 本当に、このすえた死臭が耐えられなかったのだ。 大きな店なのだから、 それ相応に比例した分の奴隷が息絶えたのだろう。 これ以上ここにいたら、 何匹が怨念を連れ帰ってしまうだろうか。 霊魂など信じるつもりは無かったが、 やはり考えただけでも気分が悪い。 それにここはこの領土で一番盛大な奴隷市だ、 他にも店はいくらでもある。 『一つの物事に拘るな』 そう教えてくれたのは先代でもあり、 父でもある人の言葉だ。 家庭を蔑ろにしていた父の事はあまり好きではなかったが、 その商売の教えは間違ってはいないと感じる。 「ま、待ってくださいよ! ほんの冗談じゃないですかい。 もう、旦那も気が短いんだから」 慌てて繕う店主を無視し、 他の店をあたろうと脇に逸れようとする。 すると店の一番端にセールの文字が描かれた奴隷が見えた。 見ればこの奴隷値段の半値の値が付けられていた。 これ以上この市場にいる気もなくなった私は、 興味を引かれた。 正直、これ以上この奴隷市に長居はできなかった。 ならばこの奴隷でも良いのではないか。 そう、ただ気まぐれに思っただけだ。 「おい、店主よ!」 「はいはいはい、お呼びでしょうか?」 「こいつは随分安い奴隷だな。 何も問題が無いのならばコレを貰おう」 「この奴隷ですかい? あー、あっしは構いませんが」 店主が珍しく言葉を濁す。 私はますます興味を引かれた。 店主の弱みに付け込み、 格安で奴隷を買い付けてやろうと商魂がうずいたのだ。 「なんだ?この奴隷に何か欠点でもあるのか? モノさえまともに運べれば多少の欠点でも目を瞑るが」 「へい、実はこの奴隷。中古なんですよ。 つい最近返品をくらいましたね、 本当は返品なんて出来ないんですが、お得意様の頼みだったので」 店主は苦笑しながら続けた。 「それに種族が最悪。 なんとこいつ人間なんですよ、おー、汚らわしい。 臭いを嗅いだだけで吐き気がしますよ。 あっしは人間という生き物が大嫌いなんですよ。 西の大陸ではこの人間ドモがはびこっているらしいですが、 恐ろしい話ですよ」 たしかに、 風の噂で聞いた事があった。 西の大陸では人間が国家を作り、 日夜領土を広げているのだと。 幸い、 海路が存在しないこの地には足を踏み入れたこともないそうだが。 あまり快い話ではない。 もしも海路が繋がり、 新しい商売でも見出せるのならば私としては興味のある話なのだが――。 そんな、採算の取れる見込みの無い計画を立てる馬鹿は居ないだろう。 少し興味があるのは事実だった。 私は昔から、 未知の土地を開拓するのは好きだったのだ。 まあ、海路がないのだから仕方の無い話か。 私が夢想している間も、 店主はどうやら人間の事を語っていたようだ。 「この土地では卑しい人間は忌み嫌われてますからね、 買い手があまりつかない、 だから半値で出させていただいているのですが」 店主の言葉を遮り、 私は奴隷の歯を調べながら語る。 「安ければ別に人間でも中古でもかまわん。 どうせ死んでしまっても、安ければ痛手にもならんからな」 だが、 と言葉を切り、 私は空ろな瞳の奴隷の肌をなぞった。 胸部から腹部にかけて大きな切開痕がある、 それに咽が潰されているのだろうか、 首輪の下は軽く変形していた。 奴隷は私の指に気付き、 身体を引いた。 返品されたぐらいの奴隷だ、 前の主人の下でよほど酷い扱いを受けていたのだろうか。 私はこの奴隷を買うことに決めた。 一度心の底までの恐怖を覚えた奴隷は、 扱いが容易いからだ。 「この奴隷、欠陥だらけだな。 内臓の一部が抜かれているだろう、 それに声帯が破壊されていて会話もできないはずだ。 目の神経は酷く弱っていて、なおかつ右目は切り裂かれ潰れかけている。 左も少し見えないのだろう?」 「あがが、 よくお気づきで。 だからこんな格安で提供させていただいているんですけどね。 やっぱりこれじゃ売れませんですよね。 明日にでも猛獣のエサにしてしまおうかと思ってるんですよ」 店主はあからさまに落胆したように項垂れた。 「この価格のさらに半値なら貰おう、 どうだ?」 私の交渉に、 店主は目を輝かせた。 よほどこの奴隷は売れ残っていたのだろう。 人間という醜い生き物で、 なおかつ身体に欠陥が多ければ当然か。 私も格安でなければ、 早くこの市場から帰りたくなければ、 こんな欠陥奴隷を買うつもりもなかった。 「お買い求めで! いやぁ、ありがとうございます! こいつはほんと売れなくて困っていたんですよ! 半値でも高いぐらいですしね……って、あぁ。 あ……、いえ、いやぁ旦那もお買い物上手で!」 途中で本音が漏れたのか、 店主は急に言葉を改めた。 「ただこちら中古ですので、 返品が利きませんがよろしいですか?」 「かまわん、このまま連れて帰る」 店主の手に定価の半額のさらに半額の額を払い、 私は目で奴隷の枷をはずすように促す。 毎度ありがとうございます、と店主は深々と礼をし、 奴隷を私に差し出した。 サービス券があるようだったが、 私はそれを拒否した。 こんな死臭に満ちた空間は二度と訪れる気になれなかったのだ。 「人間よ、今日から私がお前の主人だ。 死にたくなければ付いて来い」 「……ぁ……」 人間の首に鎖をかけ、 私は強引に引きずり始めた。 人間はしばらく歩いていなかったせいか、 それとも脚の骨でも折れているのか。 満足に歩くには少し不自由なようだった。 私は小さくため息をついた。 人間は私についてこようと必死に脚を引きずっていた。 この脚では走ることもままならないだろう、 逃げる心配がない点は評価できるが。 この買い物は失敗だったか。 まあ、邪魔になったら精肉所にでも回してしまえば、 損得分岐点もギリギリといったところだろうか。 「人間よ、馬車までもうすぐだ、 あと少しだけ頑張れ」 私の手を掴み、 人間はよろよろと歩き続ける。 やっと馬車に乗ったときには日はもう暮れていた。 私は再びため息をつき、 安物買いのなんとやらという、 古くからのことわざを噛み締めた。 やはりサービス券を受け取って置けばよかったかと、 私は自分の浅はかさを憂いた。 屋敷に戻り、 まず人間を風呂にいれ、身を清めさせた。 人間はおぼつかない手つきながら、 なんとか身体の汚れを洗い始める。 長い間、鎖に繋がれていたせいか、 鋼に接していた皮膚は青黒く爛れていた。 「人間よ、 処分されたくなかったらその身体をよくよく、清めておけ。 私は不快な臭いが嫌いだ。 少しでも不快な臭いをさせたらならば、 すぐにあの市場に戻してやるからな」 私自身についた臭いも水で払いながら、 私は人間に言いつける。 人間は必死に身体を泡で満たし、 身体の穢れを打ち払っていた。 人間はその間何もしゃべらなかった。 いや、しゃべれないのだろう。 首輪をはずした下にはやはり酷い圧迫痕が残っており、 声帯が破壊されているのだと分かる。 背中には鞭で打たれた痕が生々しく残っている。 やはり、前の主人にだいぶ痛めつけられたのだろうか、 そのおかげでこの奴隷は私にとても従順だった。 恐怖を教え込む手間が省けたのは高評価だ。 風呂から上がり、 まず私の濡れた身体を備え付けのタオルで拭かせた。 少しずつ、私の命令に従うようにしつけるためだ。 この奴隷の心の奥まで、 私が主だということを刷り込む必要がある。 震えながらも人間は私の命に従った。 本当にたどたどしい手つきだった。 人間の恐怖がその手つきから伝わり、 私は内心で笑みを浮かべる。 これほどに恐怖がしみついている奴隷ならば、 私に逆らうこともないだろう。 逆らえばどんな罰が待っているか、 前の主人の下で心身共に味わっているはずだ。 まして、 逃げることが容易ではない不自由なこの身体ではなおさらだろう。 後について来いと命令し、 私は裸のままの人間を置いて独り先に歩き始める。 人間にこの広い屋敷の中を説明するのだ。 これから人間には屋敷の管理を教えなくてはならない。 人間は私の後ろをなんとか着いてきて、 私の説明の逐一に頷いた。 私の書斎、寝室。 キッチン。 裏の廃棄所。 螺旋階段を進み、 もはや使われぬ客室の脇を抜ける。 この屋敷は無駄に広すぎる。 かつて先代が幾人と雇っていた使用人、買った奴隷。 その大勢の下人達が使っていた部屋の一室に辿り着く。 私の寝室から一番離れた場所だ。 埃まみれの卓上ランプに火を点けると、 炎に照らされ廃れた部屋が目の前に映る。 その廃退した室内に、思わず私は息を吐く。 手入れの行き届いていないこの屋敷に、 先代は天からなんと嘆くだろうか。 「人間よ、お前にはこの部屋の掃除から始めてもらおう、 掃除はできるか?」 私の問いに人間は大きく何度も頷いた。 やはり、 その瞳は怯えに満ちていた。 その瞳の怯えを観察するように、 私は人間の顎を指で掴み、私に顔を向かせた。 あまり怯えられるすぎるのも疲れる。 その揺れた瞳を強く、試すように覗き込むと、 人間は恐怖のあまり身体を硬直させ震え始めた。 よほど他人が怖いのだろうか。 緊張で、 人間の瞳孔は開き、呼吸は途絶えている。 私に瞳を覗かれただけで、 人間は死にそうな程に怯えてしまうのだ。 本日何度目だろうか、 私は深く息を漏らした。 たしかに従属させるには恐怖は必要だが、 その必要以上に怯えられるのは不快だった。 「人間よ、あまり無意味に怯えるな。 私がお前をしかりつけるときはお前が命令に背いたり、 逆らったりした時だけだ。 いつまでも震えられても不愉快だ」 私の言葉に、 人間はまた震えながら頷いた。 やはりそうそうに慣れるモノではないか。 「まあ、よい。 ではそろそろ掃除を始めてもらおう」 再び、 人間が頷く。 蜘蛛の糸を振り払い、 人間が立てかけてあるモップを掴む。 元から使用人室のこの部屋には、 屋敷を掃除する道具はひとしきり揃っている。 私の監視の中、 人間は掃除を開始し始めた。 躾の一環として、 私はその仕事を鋭い目で睨み続ける。 私の視線を気にしながら、 人間は掃除を続ける。 裸のままで掃除を続ける惨めな姿。 だがその仕事の内容は及第点だった。 正直、私は掃除が苦手なので、 もしこの人間が掃除ができない無能な奴隷ならば、 どうしたものかと思っていたのだ。 まあ、妥当な力量で掃除が出来るのならば、 この人間を買った価格も悪くは無かったか。 「私は書斎に行き仕事を始める、 掃除がひと段落着いたら、お茶の一つでも淹れてこい、 茶葉は台所に行けばすぐ分かる。 できるか?」 人間はこちらを向き、また頷く。 「掃除の最中、 使用人たちが置いていった服でもでてきたら勝手に着ておけ、 裸の雄に茶を入れられるのも、 あまりいい気分ではないからな」 私の命令に、 人間は頷いた。 その姿を確認し、 私は使用人室の戸をゆっくり閉める。 この戸は壊れやすいのだと、 この屋敷、最後の家政婦だった彼女が言った言葉を思い出したからだ。 彼女の最後を看取った三日後、 私は泣いた。 使用人の事を思い泣くなど、 私は想像もしていなかった。 看取ったその日にも、 私はただ、その温かさを失った亡き骸を葬る事への意識しかなかった。 だが、 葬式が終わり。 ついに私独りになってしまった屋敷に戻り、 出迎えの来ない重い玄関を開けて、 そして―。 幼い頃から同じ屋敷で暮らした彼女との記憶に、 私は負けたのだ。 知り合いが死ぬのは、 もう嫌だった。 だから、 命の価値が無い奴隷を使うことにした。 そうあの人間は所詮、物言う道具にしか過ぎない。 いや、声帯が潰されしゃべれないのだから、 まさに物言えぬ道具にしかすぎないだろう。 あの人間に命の価値など、 無い。 私は自室へと歩きながら、 人間の事を考えていた。 人間の怯えながらも頷く姿は、 愛玩動物の魅力に通ずるものがあると思ったのだ。 おそらく私と人間との種族の違いから生じるものだろう。 奴隷をペットのように可愛がる主人が増えてきているというが、 その理由も少しだけ分かるような気がした。 奴隷を愛玩動物のように飼育し売買する商売も、 もしかしたら成功するかもしれないか。 いや、しかし。 やはり奴隷は奴隷に過ぎないか。 愛玩動物とは違い、 奴隷には強い自我がある。 奴隷が主人に真の忠誠を誓うことは決してたやすい事ではない。 しばらくし、 人間はおぼつかない手付きで紅茶を持ってきた。 命令どおり、 人間は使用人が使っていた薄汚れたカッターシャツを身に着けていた。 だが下着は探しても出てこなかったのか、 下肢には申し訳ない程度の布が巻かれている。 その珍妙な姿に、 私は思わず苦い笑みを浮かべてしまいそうになる。 「そのテーブルに置いておいてくれ」 どこで見つけたのか、 教えてもいないのにトレイを使い、 また紅茶の横には蜂蜜の小瓶が備え付けられていた。 人間の入れた紅茶は思いのほか上手いものだった。 味にさほどの期待はしていなかった私だが、 美味いものが飲めるのに越したことは無い。 人間は私の表情を見て、 少しは落ち着いたようだった。 自分の入れた茶の出来が心配だったのだろう。 「上出来だ、もう下がっていい」 礼をし、 部屋から出て行こうとする人間を呼び止めた。 「掃除が終わったならば、今日はもう休め。 あの部屋がこれからのお前の寝床だ。 明日は別の場所の掃除をしてもらう、 早く身体を休めるがいい」 私の言葉に、 人間は再び頷きおぼつかない脚付きで退出する。 人間が部屋を出た後、 私はもう一度茶に口をつける。 やはりそれはとても美味であった。 ついその甘さと香りに惹かれ、 全て飲み干してしまった。 まだ明日までに目を通しておきたい書類が残っている。 人間を眠らせる前に、 もう一度紅茶を淹れさせればよかったか。 私はつい我慢できずに、 使用人室へと向かう。 「入るぞ」 ノックせず口頭で伝える。 よほど疲れていたのか、 人間はもうすでに眠っていた。 その顔には怯えの色は見えない。 少しだけ、 この屋敷に慣れたのだろうか。 いやそれよりも、 いつ何があるかも分からない奴隷市での監禁に疲れていたのだろう。 人間という醜い種族のせいで、 あの店主に苛められていた可能性も高い。 思えば、 道具として扱われている奴隷にとって、 この粗末なベットすらも暖かいのだろうか。 あまりにも嬉しそうに寝ているその寝顔を見てしまい、 私はまた苦笑した。 初日ぐらいは甘やかしても良いか、と。 仕方なく、 私は自分で紅茶を淹れることにした。 まだ少し温もりを残すティーポットにお湯を注しながら、 私は甘みの強いレモンをカップに添えた。 思いのほか良い買い物だったのだろうか。 人間は私の想像よりはるかに役に立った。 人間が屋敷に着てから三日も過ぎた。 その間、 人間は良く働いてくれている。 もちろん、 彼女のように全てが上手く働けるわけではないが、 人間の奴隷としては上出来の部類だろう。 私がにおいに敏感だと告げれば、 風化し青苔の生えた倉庫を小奇麗に掃除しはじめ。 汗の染みたシーツが気に入らないと告げれば、 次の日には私の好きな木の葉の香りがついた香料を使い、 私が満足するような上等な出来栄えで洗濯していた。 その日は懐かしい木の葉の香りでよく眠れた。 私はますます欲を持ち、 人間に私の好みを教育し、また家の計らいを教え込む。 庭の手入れ。 風呂の温度。 拘りの香辛料。 前の主人がよほど恐ろしかったのか、 震えながらも人間は従順に従った。 言葉がしゃべれぬのはやはり少々不便ではあったが、 小うるさいよりは何倍も良い。 この人間は私にとって、 都合の良い存在になりそうだ。 人間も次第に私に慣れて言ったようだが、 一つ問題があった。 人間が何も食事をしていないことに気が付いたのだ。 食事は適当にとっておけと、命令してはいたのだが。 人間が食事した痕跡は見られない。 始めは、 なれない環境に移ったせいで食欲が無いのかとも思った。 また、私に萎縮し食事が口に出来ないのかとも思った。 しかし様々な想像はできても、 原因は分からない。 人間は言葉を話せないのだから、 理由がわからないのだ。 ならばと、 私は久々に腕を振るうことにした。 主人である私がわざわざ馳走を作れば、 人間も食事をすると思ったのだ。 私にとても従順な人間の事だ、 たとえ好みではなくてそれを口にするだろう。 一度でもこの屋敷で食事を取れば、 その習慣にも慣れ、定期的に食事を取るようにもなるだろう。 まあ、決して人間が心配なわけではない。 やっと仕事を覚え始めた優秀な奴隷を、 むざむざ飢え死にさせるのは惜しかったのだ。 今日一日、私はその事ばかり考えていた。 隣国の使者との商談が終わり、 私は浮ついた気分でいた自分を少し反省した。 今日は人間のために料理を拵えてやるのだ。 わざわざ市場へと出向き、 胃の弱っているはずの人間の腹に優しそうな柔らかい子羊を仕入れる。 二十年物のワインを酒造家から譲り受け、 健康に効くと評判のサフランの実を集めた。 思わず鼻歌交じりになっている自分に気付き、 私は苦笑した。 人間が屋敷に来てから私は苦笑ばかりしている。 思えば、 このように誰かの為に料理を作るなど何年ぶりだろうか。 かつて母と一緒に買出しにでかけたこの市場が、 とても懐かしく思えた。 色褪せたイチョウの黄色。 炭焼きの香り。 幼い頃は、 私もまだ純粋だったのだろうか。 母に風車の玩具をねだった記憶は、 今でも鮮明に覚えている。 ふいに、様々な記憶が交差し、 遠い思い出が私を襲う。 思い出したくもない重い記憶は、 時として優しい記憶と同居しているのだ。 他界した父や母。 戦死した勇敢な兄。 幼かった私だけがあの屋敷で生き残り、 向いてもいない家業を引き継いだ。 虚勢を張るように生き始めたのはそれからだ。 信じられるのは家政婦、 あの年老いた彼女だけだった。 彼女の不器用な笑顔は、 母に少し似ていた。 しかし彼女も、 私を残し逝ってしまった。 全て過去の話だ。 もう随分昔のように感じられてしまう。 仕事に追われる生活は、 時の流れを加速させているのかもしれない。 私は……、 家業など継ぎたくなかった。 本当は、大好きな料理を毎日作れる、 調理師になりたかったのだ。 私が作る料理を毎日食べてくれる誰かと、 手を取り合い、 店を構え、 変わらない日々を過ごす。 細々でも、 貧乏でも良かったのだ。 好きなことを生業とし、 好いた者と静かに暮らせれば。 ただ笑って、 暮らしたかっただけなのだ。 「失礼」 ふと、 急ぐ通行人とぶつかり、私は現実に呼び戻される。 愚かで浅はかな夢想だ。 何を今更私は感傷に浸っているのだろうか。 過去を懐かしむ優しい時間。 だがそれは、 一時だけの自分を慰める行為に過ぎないだろう。 思わず自嘲が零れ、 私は優しすぎる思い出を振り切る。 奴隷とはいえ、 久しぶりに他者と暮らす空間が懐かしく。 他人の笑顔が、 少しだけ見たくなったのかもしれない。 私は枯れ落ちた黄色い葉道を踏みしめ、 急ぎ屋敷へと戻った。 屋敷に戻ると、 人間は庭の木の葉を箒で掃いていた。 その顔は血色が悪くなっている。 やはり早く、 何か食べる習慣を付けさせたほうがいいだろう。 私が帰ってきたのに気が付いたのか、 人間は深々と礼をした。 少しだけ、 私に怯えることがなくなってきた気がする。 誰かが出迎えてくれる暮らしは懐かしく、 私はもほや習慣となってしまった苦笑いを堪えた。 私の持つ荷物を受け取り、 人間は台所へと歩む。 私もその後に続き、 人間に問いかけた。 「人間よ、 今日は私が食事の支度をする。 お前の分も用意するから、残さず食べるのだ。 良いな?」 私の言葉に人間は立ち止まった。 そして私に困惑したように振り向いた。 人間のこのような顔を見るのは初めてだった。 主人が料理を作るということに、 主従関係が染み付いたこの人間は、 萎縮しているのだろうか。 「あまり萎縮するな、人間よ。 仕事がたまって少々疲れたのだ、 気分転換に料理を作るだけだからな」 私はその緊張を解いてやるために、 あくまで淡々と語る。 しかし人間はまだ、 困惑顔のままだ。 だが、 私は人間のその困惑を深く考えることをしなかった。 それよりも久々に誰かのために調理をすることの懐かしさに、 普段の注意力がなくなっていたのだ。 料理は自分でも満足のいく味に仕上がった。 まだ冷めないうちにと、 私は自分の分をテーブルに残したまま人間の下へ運ぶ。 人間は私の持ってきた料理を見つめていた。 私がこの場にいたら萎縮してしまい食事も出来ないだろう。 奴隷が主人の前で食事をすることなど許されないことなのだ。 私は少し後ろ髪を引かれたが、 人間の部屋の戸を閉める。 私も食事を始め、 料理に手をつけるが味など分からなかった。 心が浮かれ、そわそわしてしまっているのだ。 人間は私の料理を食べただろうか。 人間は私の料理に満足しただろうか。 人間は、 笑顔になったのだろうか。 ふと、 人間の事ばかり考えてしまい私は苦笑する。 あの人間の事になると、 私は苦笑ばかりしている。 やはりおそらく、 私の中に愛玩動物を愛でる心に近い感情が生まれているのだろう。 あの人間は言葉が話せず、 顔を頷かせ、表情でコミュニケーションをとっていたせいだろうか。 それが一種、ペットのような擬似感を与えているのだと思う。 まあ、高い買い物ではなかったな、 と。 私はあの日人間を購入したことを微笑んだ。 人間に用を言いつけるために人間の部屋を訪ねる。 食器はすでに片付いており、 人間は私に気が付き深々と礼をした。 おそらく感謝を表しているのだろう。 私は思わず笑みを作りたくなるが、 主人の威厳を保つためそれを我慢し、 人間に買ったワインの残りを冷えた地下にしまう様に言いつける。 人間は急いで立ち上がり、 私に再度礼をした後、ワインの置いてある台所へとむかった。 次の日も、 私は人間のために料理を作った。 かつて失った夢の片鱗だけでも、 味わいたかったのだ。 私の作る料理に、 人間はやはり困った顔をして受け取った。 おそらくまだ萎縮しているだけだろう。 その証拠に、 いつも料理は綺麗に平らげてあった。 私はその空になった皿を確認することしかできないが、 誰かのために何かをすると言う事は心地よかった。 人間は私が暴力を振るわないことを覚えたのか、 私に対し無意味に恐怖することも無くなった。 私は嬉しかった。 その人間の心の変化が、 幸せに感じられたのだ。 人間が私に慣れていくと共に、 私も人間との暮らしに慣れていった。 それはとても懐かしく、 心が穏やかになる感覚。 平穏な日々に、 私は溺れていたのだ。 次の日も私は人間の為に料理を作り、 人間は微笑んだ。 そして次の日も。 次の日も。 次の日も。 私は他者との生活を愉しんだ。 たとえ奴隷であっても、 いや私に抗うことのできない奴隷だからこそ。 私はこうしてこの人間に、 心を傾け始めてしまったのだろう。 そして五日が過ぎた。 私の料理を食べ、 健康になっていてもおかしくはない時期だと思っていた。 だが、 元から体調が優れないのか、 人間の顔色はあまり良くはならなかった。 むしろ日に日に弱っているようにさえ見える。 私を見ると、 もほや笑顔を向けてくれるほどに慣れた人間。 だがその愛らしい笑顔の裏に、 まるで何日もモノを食べていないかのような表情が見えた。 もしや私の料理を食べていないのではないか。 そう感じたのは、 本来人間の歯では砕けぬ木の実を、私が間違えて人間の料理に混ぜてしまった日だ。 急いで人間に注意をしようと人間の元へ駆けつけると、 そこには普段のように空になった食器が並び、 満面の笑みを浮かべた人間が私に深々と礼をしていたのだ。 私は不信に思い、 確かめることにした。 私は戸惑った。 このままでは人間が死んでしまうのではないか、と。 そう一度考えてしまうと私は気が気ではなかった。 その日の夜のことだ。 いつものように人間に食事を準備した後、 人間の部屋の戸の影から様子を伺った。 人間は置かれた料理を強く見つめ、 唾を飲み込み、物欲しそうに瞳を揺らしていた。 人間はうっすら目に涙すら浮かべて料理を見つめている。 口いっぱいの涎が抑えきれないのか、 人間は口の端から少し唾液を漏らしていた。 私の料理に食指をそそられている証拠だ。 私は嬉しかった。 人間が私の料理に感動していると思ったのだ。 あと少ししたら、 おそらく人間は料理を食べ始めるだろう。 思い過ごしだったかと、 私がそっと部屋から離れようとした時であった。 人間が、 食器を乗せたトレイをもって動き始めたのだ。 私は慌てて、 姿を隠す。 むろん、料理には口を付けられていない。 どういうつもりか、 人間はそれを裏の廃棄所まで持っていくのだ。 まさか――、 いやそんなはずはない。 あれほど私に従順なこの人間が、 私の作った料理を捨てるはずがないではないか。 人間は私がどれほど時間をかけて、 心を込めて、 その料理を作っていたのか知っているはずだった。 深酒をしてしまった三日前。 酔いの心地よさに任せ、 料理人になりたかったというかつての夢の話をしたのだ。 人間は私の叶わなかった夢への思いを、 あれほどの笑顔で聞いてくれていたはずだ。 その人間が、 私の料理を捨てるはずがない。 だが、 次の瞬間。 私の作った料理は外から確認できないよう、 ゴミの奥まで放り込まれた。 「何をしている!」 思わず漏れた怒声。 隠れて様子をみていた事など忘れ、 私は人間に詰め寄った。 顔面蒼白となっている人間は、 顔を歪ませていた。 私の怒りが伝わり、 怯えているのだろう。 ふと私の脳裏に浮かぶ料理の数々。 憎悪にも近い感情が私を包む。 「…!」 怯える人間の顔を加減せずに殴りつけ、 人間は地面に付す。 地に落ちた人間を無理やりに立たせ、 捨てられた私の料理が沈む廃棄箱へと顔を押しつける。 生ゴミと朽ちた土木。 使い古した雑巾、そして、 もはや原型を留めていない私の作った料理の数々。 料理はほぼ毎日捨てられていたのだろう、 廃棄箱の奥からはもう腐ったソレが異臭を放っていた。 「……っ……!」 怯える人間の首を掴み上げ、 何度も何度も廃棄箱に押し込んだ。 声にならない悲鳴が辺りに伝わる。 だが私は許せなかった。 人間は抵抗しない、 その無抵抗な様はますます私を苛立ちさせる。 人間は涙を流しながらも、 ただ潰れた咽から、掠れた息をはいているだけだ。 私は怒りに任せ、 人間の顔を廃棄箱の最奥へと力一杯にめり込ませる。 硬い土木が人間の顔を引き裂き、 廃棄箱は軽い鮮血に染まる。 「命令だ人間よ、食せ」 自身の手が汚れるのも構わず、 私は最奥に沈んでいた腐った肉塊を掴み取り、 怯える人間の口に強引に押しあてた。 人間は初めて強い抵抗を起こした。 腐った料理を食べさせられようとしているのだ、 当然といえば当然か。 だがこの人間は奴隷なのだ。 私の命令に従う義務がある。 まして主人であるこの私を騙し続けていたのだ。 奴隷が主人を欺くなど、あってはならない事だ。 私は、 人間が毎日喜んで料理を食べているものだとばかり思っていた。 人間と料理を通じて、 少しでもコミュニケーションをとれているのだと思っていた。 だがそれは勘違いだったのだ。 人間はせっかく作った私の料理を無下にし続けていたのだ。 私は、 どうしても許せなかった。 裏切られた気分であった。 罰が必要だ。 逆らう奴隷には、罰が必要なのだ。 「もう一度だけ命令する、 ソレを食せ!」 私の怒声が響いた後、 沈黙だけが周囲を支配した。 そしてしばらくして、 人間の嗚咽を堪える声が私の耳に届いた。 人間が私の命令に従うことは無かった。 「食べられないのだというなら、それでいい。 お前はすぐにでも処分することにする」 私はもう自分を抑えられなかった。 可愛さあまって、という言葉はまさに真実なのだろう。 私は、人間を処分することにした。 私に逆らう奴隷などいらない。 初めから、欠陥ばかりの中古品などいらなかったのだ。 私はそう自身に言い聞かせた。 もう嫌だったのだ。 こんな悲しい感情に襲われることが、 嫌だったのだ。 人間との記憶に袂を分かち、 護身用に携えていた短刀を引き抜こうとしたときだ。 私の手は止まった。 手が振るえ、 私の意思が身体を制止するのだ。 どんなに短刀を引き抜き、 人間を処分してしまおうと意識しても。 身体が、 動かないのだ。 どれほどの時間が経っただろうか。 私の身体から力が抜け、 押さえ込んでいた人間の身体は再び地に伏した。 殺せるはずがない。 せっかく他者と暮らす温もりを思い出した私に、 この時折優しく微笑む人間を、 殺せるはずがなかった。 やるせない感情が胸を締め付け、 私は泣いた。 嗚咽など漏らさない。 それが私の最後のプライドであった。 私を裏切り続けていたこの人間のために泣き喚いてしまえば、 ますます私は惨めになってしまうではないか。 一体私は、 何をしているのだろう。 命の価値など無い奴隷を買ったのは、 こんな悲しい感情に襲われないためだったはずだ。 もうこんな感情を味わいたくなかった。 「もう良い、人間よ。 命までは採りはしない、 だが私の命に従えない奴隷など、 私はいらぬ。 目障りだ、 何処となりと消えるがいい」 私の言葉に人間は振り向き、 そして。 人間は目を見開き、驚きの表情を見せた。 人間が、 泣き濡れた私の瞳を見て息を呑むのが分かる。 それほどに、 私が泣いたことが滑稽なのだろうか。 もはや私に主人としての威厳はない。 私は全ての感情を封じ込めるように、 この場を後にしようとした時だ。 「……………!」 人間が私の足にしがみ付き、 必死で何かを訴えた。 だが言葉のしゃべれぬその口からは、 掠れた風しか零れてこない。 その必死の姿は私を再び、 やるせなく苦しい感情にさせる。 物言えぬ人間はこの屋敷から出ることが嫌なのだろう。 命令に従えさえすれば温かい寝具で眠れる環境を、 失いたくないのだろう。 人間という卑しい種族では、 外の世界で生きる事は容易ではないのだろうから。 それが分かっているからこそ、 この人間は私にすがっているのだ。 けして、 私に対し特別な感情を抱いているわけではない。 私もそれが分かっていたからこそ、 ますます辛くなった。 全てを振り切るため、 私は足にしがみ付く人間を振り払った。 体力の失った人間は私が軽く脚を振っただけで飛び、 地面に大きく叩きつけられた。 これで良いのだ。 もう奴隷すらも屋敷に入れるのを止めよう。 私独りでも、 生きていけるのだ。 私は屋敷に戻り、 人間の使っていた部屋から毛布だけ手に取り、 再び人間の元へと戻る。 この毛布は人間が大事にしていた毛布だった。 寝るときはいつもこの毛布に抱きつきながら寝ていた。 人間の香りが強く残るこの毛布が屋敷に残っていれば、 私はまたこのやるせない感情を思い起こしてしまうだろう。 だからこの毛布だけは、 屋敷を出て行く人間にくれてやることにした。 奴隷として買ってきた人間に対し、 主人としての最後のはなむけだ。 「!」 だが、 私が廃棄所に戻ると、 そこには信じられない光景が広がっていた。 濡れた地面に這って映る人影。 呻き声。 人間が涙を零しながら、 腐った肉塊を必死に咀嚼しはじめているのだ。 しかし、 やはりそれは腐ったモノだ、すでに食べ物ではない。 人間は大きく呻き、嘔吐した。 だが人間は嗚咽を漏らしながら、また汚物を口にしはじめた。 今度はかつてロールキャベツだった欠片だ。 私が人間の為に、 喜ぶだろうと時間をかけて煮込んだモノだ。 人間が食べやすいようにと、 柔らかく煮込み、 一つ一つを一口に食せるように細かく包んで。 紫に変色し、他の廃棄物の汚れを吸っているソレを、 人間は私の命令に従い口に含んだ。 口の中でソレを噛み潰す音が妙に生々しい。 そして、身体を痙攣させ、 また嘔吐した。 私はただ黙ってそれを見ていた。 私の商人としての心が、 それはただ、同情を引き私の許しを得ようとしているのだと告げた。 人間の顔は完全に血の気を失っていて、 まるで死んでいるかのように見えた。 だが人間は私の命令に従い続けた。 原型すらも留めていない廃棄物を口に含み、 噛み締め、そして激しく嘔吐し続ける。 人間の口の中から赤い血が零れ続け、 その口の端からは、今日焼いたばかりのチーズパンが黒く変色した姿で顔を見せた。 人間のために栄養を考えて焼いたパンだ。 人間が元気になってくれたらいいと願いを込めて、焼いたパンだ。 ふと、 人間が少しだけ見せた笑顔の記憶が蘇り、 私は呆然とした。 その愛らしかった表情と裏腹に、 いま目の前で、 死人のような表情のまま、汚物の咀嚼を強制させられている人間の顔が、 なんとも痛ましく映る。 人間が再び汚物を口に含もうとしている健気な姿が目に映ると、 私の心は強く痛んだ。 こんなはずではなかった。 こんな虐待をするつもりではなかったはずだ。 ただ私の料理を喜んで欲しかっただけのはずだ。 ただ、 その笑顔が見たかったはずなのに。 こんな、 こんな事は望んでいなかった。 人間が再び、 大量の血と共に、汚物を吐き出した。 「もういい!もうやめるのだ!」 私はもう耐え切れず、 倒れこむ人間の元へ駆け寄った。 触れた肌には血の気はなく、 所々に生々しい裂傷が赤く色付いている。 人間の意識はすでに朦朧としているのだろうか。 私の言葉は届いていないようだ。 空ろな意識のまま、私の命令に従い再び汚物を噛み締めようとしている。 その痛ましすぎる姿は、 私の心をますます傷つけ動揺させる。 私は人間の身体を掴み上げ、 その行動を制止した。 廃棄箱から人間を引きずり出すと、 人間はまた怯えたように私を揺れた瞳でとらえた。 そして、身体を強く震わせ、 再び地に落ちた汚物を口に含もうと這う。 私が恐ろしいのだろう。 人間は再び叱られると思い、 急いで汚物を口にしようとしているようだ。 「もう良い、もう良いのだ。 すまなかった、 命令だ、もう食べるな」 汚物を口に含もうと暴れる人間を強く抱きしめ、 私は涙ながらに訴えた。 その冷えた身体を強く、 抱きしめ続けた。 私の言葉がやっと届いたのか。 人間は動きを止め、 私に対し唇を動かした。 それは詫びの言葉なのだろう。 掠れた風しか発せぬその唇だが、 私には理解できた。 そして人間の体が痙攣しはじめ、 再び口に手を当て、 また嘔吐した。 全身から生気を失った姿。 失った血の気。 人間は呻き続けていた。 私はしばらく、 呆然とすることしかできなかった。 こんな淀んだ感情を、 私は知らなかった。 悲しみとは違う。 絶望とも違う。 私は一体何をしたかったのだろう。 こんな汚物を口にし続けるほどに私に従順な人間。 その人間が私の料理を口にしなかったことには、 よほどの事情があったのだろう。 たとえそれを伝えたくとも、 人間は言葉を話せないのだ。 今思えば、 人間が私に何か訴えようとしていた場面が何度も思い立った。 私はそれに気が付いてやれなかったのだ。 私はそんな人間の立場にも気が付かず、 勝手に怒り狂い、人間を捨てようとし、 結果虐待してしまったのだ。 私は最低の主人であった。 「すまなかった人間よ。 傷の手当てをしよう、立てるか?」 人間は私の言葉に従い、 立ち上がろうとした。 だが、弱った身体はもう動かないようだ。 私は怯える人間の身体を毛布に包み抱きかかえ、 寝室まで運ぶことにした。 使用人室に暖炉は無い。 私は自分の寝室に向かう。 「萎縮するな人間よ。 もう無理な命令などしないから、怯えないでくれ。 頼むから。 ――そんな目で、見ないでくれ」 「……ぁ………っ…」 「安心しろ、もう捨てたりなどしない。 屋敷に戻って傷の手当てをしよう」 人間は意識を失いながらも、 私に必死にしがみ付いていた。 また捨てられ、 奴隷市場に戻るのが嫌なのだろう。 私は表現できない感情を堪えながら、 人間の弱った身体に心を痛めた。 人間は日々弱っていく。 食料を食べないからだろう。 今日も部屋の隅から、 一口も手をつけていない料理の数々が出てきたのだ。 食べなかった事を、 再び咎められるのを恐れて隠していたのだろう。 私は困ってしまった。 私は毛布に包まれ、 身体を丸めて眠る人間に語りかけた。 「人間よ、どうしてモノを食べない」 むろん、声帯を失った人間は応えようが無い。 「私の作る料理は不服か? それとも奴隷の生活に絶えられず食を断ち、 そして命も絶とうとしているのか?」 私の問いに、 人間は必死に、訴えるように首を振り否定した。 その必死の様は愛らしく思えるほど、 人間の顔は庇護欲を誘った。 「ならばなぜ!食を断つ! お前は満足に物も食べられないというのか!」 思わず漏れてしまった怒声に震えながらも、 人間は私の問いに小さく頷いた。 物を食べられないという問いに頷いた人間。 私にはわからなかった。 何故人間が物を食べぬのか。 どうすれば良いのか、 分からなかった。 書物によれば人間はわれわれと同じ雑食で、 我々が食す食料ならば何でも口にすると書かれていたのだが。 本来なら人間を医者に見せるのが最良なのだろうが、 この土地に人間の生態を知る医者などいない。 まして忌み嫌われた人間を診てくれる医者を探すことは、 この短時間では不可能だった。 「本当に、 本当にお前はこれらの料理は食べられないというのか?」 私の問いに三度、 人間は頷いた。 ならばと、 真実を確かめるために、 私は人間の口に小さくちぎったパンを一切れ咥えさせる。 それを無理やりに飲み下させ、 数刻。 「……ぁ………ぅ」 激しく全身を揺らして、 人間が口に入れたパンを嘔吐してしまった。 腹を押さえ、 人間は泣きじゃくり嘔吐し続けた。 その哀れな様子は真に迫っていて、 それが演技などではないことはすぐに分かる。 嘔吐の中には薄い血が混ざっていて、 その辛さが伝わり、胸に深く刺さった。 本当に、 この人間はまともな食物が食べられなかったのだろう。 「すまなかった、人間よ。 私が悪かった。 本当にお前はモノが食べられなかったのだな」 苦しそうに呻く人間の背をさすってやり、 人間が落ち着くまで私はその髪を優しく撫でた。 「許してくれ、人間よ。 無理に食べさせたりして悪かった」 人間は泣き続けたが、 私の問いに頷く。 だが、本当に困ってしまった。 何故だかわからないが、 人間がまともなモノを食せないのは真実なのだ。 まともにモノが食べられないのなら、 この人間の命が潰える日も確実に迫ってきているだろう。 嫌だった。 人間が死ぬのに、 耐えられなかった。 どうしても人間に食事をさせたかった。 再び笑顔に戻り、 私に笑いかけて欲しかった。 私はしばし迷い、 人間に再び問う。 「人間よ、何か食べれるものはないのか?」 私の問う言葉に、 人間の目は困惑で揺らいだ。 迷いの強い表情だ。 だがその奥に一部の期待を秘めている。 心当たりがあるのだろうか。 私は一縷の希望を胸に人間に優しく語り掛ける。 「何でも良い、それがこの館にあるのならばそれを食せ。 なんでも許そう、さあ人間よ」 人間は潤んだ瞳で私を見つめた。 私の動向を探っているのだろう。 それはもしかしたらとても高価なものなのかもしれない。 私が無駄な金をかけるのが嫌いなことを、 知っているからだろう。 「勝手に死なれたら困るのだ、 良い子だから早くそれを口にするのだ」 人間が萎縮しないように、 私は精一杯優しく話しかけてやる。 しばらくして、 人間が動き出した。 そして、 「な、何をする!」 人間は私のスーツの下を探り、 中から性器を取り出したのだ。 驚いて固まる私に、 人間は慌てる私にかまわず、 私の萎えたまま性器を口に含んだ。 ねばついた粘膜の音が静かな部屋に響く、 人間は私の股間に顔を埋めて、私の性器に強くしゃぶり始めたのだ。 人間は恥ずかしいのか、 顔を真っ赤に染めている。 だが私の陰茎が刺激を受け、 芯が通い始めると、 人間は咽を大きく鳴らせて、流れ出る粘膜の液を舐め取り始めた。 「まさかお前、 私の性器から出る液を飲もうというのか?」 私の問いに、 人間は性器を口に咥えたまま弱弱しく頷いた。 かつて聞いたことがあった、 精奴隷として飼われている人間の腹を開き、 中を改造してしまう悪魔の所業を。 この手術を施された奴隷は、 二度とその腹に食事を受け付けることが出来なくなり、 他人の精液を飲むことでしか生きる糧が取れなくなるのだと。 精奴隷は生きるために、 主人の精をすするために必死に奉仕するしかないのだと。 そう聞いたことがあった。 当時私は、その残酷な虐待の噂を、 絵空事のように聞きながしていた。 自身には関係のない話だと。 おそらく、 前の主人に施された手術なのだろう。 私は深い衝撃に襲われた。 この人間は奴隷として捕まり、 食の楽しみを無理やりに奪われたのだろう。 だから食べらない私の料理に瞳を震わせ、 涎を垂らすほどに欲しがった料理にも手をつけず、 捨てるしかなかったのだろう。 私がしてきた行為はどれほどに残酷な事だったか。 今思っても胸が強く痛む。 人間は二度と食べられない馳走を毎日目の前に出され、 二度と満足に食事の出来ない自身の身を嘆いていたはずだ。 毎日、 毎日。 人間は泣いていたのだろう。 私は、 かつて感じたことの無いほどの強い後悔の念に襲われた。 注意深く人間を観察していれば分かったはずだったのに。 私は、なんと愚かだったのだろう。 腹の手術痕をもっと調べていればよかった。 人間の声なき言葉を理解してやろうとすれば良かった。 私はかつての夢の片鱗に浮かれ、 気が付いてやれなかったのだ。 私はあまりに思慮のかけた自身を恥じた。 「くそっ!」 思わず零れたやるせない叫びが、 部屋一面に広がった。 本当に、 私は自分が許せなかったのだ。 だがその叫びを、 人間は私が拒絶していると勘違いしたのだろうか、 私の性器から口を離し、 私の目を縋るような瞳で見つめていた。 その表情は泣き濡れていて、 今にも嗚咽が聞こえてきそうだ。 やっとありつけた食事を断念され、 人間の腹は空腹の音を奏で続けている。 「お前に死なれたら困ると言っただろう、 お前が満足するまで続ければいい」 私の言葉に人間は目を輝かせた。 そして再び、 人間は私の股間に顔を埋め、 猛った陰茎を口に含み、舌を上手に使って味わい始めた。 どれほどの間、 この人間は空腹に耐えていたのだろうか。 人間はまさに恍惚な表情を浮かべて、 私の陰茎にしゃぶりついていた。 よほど腹が空いていたのだろう。 人間は休むことなく、 息を点くのも惜しいとばかりに、 私の、興奮で垂れる先走りの液を美味しそうに舐めとっている。 その姿は浅ましいというより、 愛らしく、やはり庇護欲がそそられた。 「美味しいのか?」 私の問いに、 人間は何度も頷いて音を立ててむしゃぶりつく。 茎の根元まで垂れた液をもったいないとばかりに舌で追い、 人間は私の性器から出る液をすすり続ける。 揺れる髪を撫でてやり、 人間が満足するまで私はその様子を見届け続けた。 だがしばらくして、 私に限界が近づいていた。 人間が熱心に茎全体を舐め取るおかげで、 もう精を放出しそうなのだ。 「……すまない、人間よ。 もう私は、出しそうだ」 自分の声が興奮にかすれているのが分かった。 だが私の言葉は、 久々の食事に夢中になっている人間には届かなかったのか、 人間は爆発寸前の私の性器を甘い蜜をすするように舐め続けていた。 「……っく、……ぅ」 刹那、 私の性器は弾け、 人間の中に熱い飛沫を解き放つ。 人間はそれを受け止め、 まさに恍惚の絶頂を迎えたかのように、 その白濁を美味しそうに舌で反芻していた。 赤らめた顔でその液を飲み込み、 床に弾けとんだ液まで綺麗に舐め取っていた。 一滴も残さず、 もったいないといわんばかりに、 人間は床に残るわずかな粘膜を舐め取り、 再び私の陰茎に残った白い粘膜を味わっていた。 しばらくして、 萎えて液が溢れなくなった陰茎に、 人間は名残惜しそうに弱く舐め上げていた。 何日も続いた空腹に、 人間はまだまだ満ち足りないのだろう。 再び、 その瞳は涙で歪む。 「まだ、足りないのか?」 つい聞いてしまった私に、 人間は顔を真っ赤に染めて首を振り否定した。 おそらく嘘だろう。 本当はまだまだ液をすすりたいはずだ。 「本当にもういいのか? しばらくしたらまた出るとは思うのだが」 人間は目にうっすら涙さえ浮かべて、 何度も何度も嬉しそうに頷いた。 その日は遅くまで、 私は人間の食事に付き合った。 空腹の期間があまりに長かったせいか、 人間はいつまでも私の股間に顔を埋め、 本当に美味しそうにしゃぶり続けた。 何度も何度も舌を這わせ。 何度も何度も咽を鳴らし。 人間は久しぶりの食事に酔っていたようだ。 夜が明けるにはまだ早いが、 夜も終わりを告げる頃。 ようやく人間は満足したようだった。 さすがに私は疲れてしまったが、 正直、 人間の愛らしい食事の様は私をいつまでも興奮させていた。 そう、 私は恥ずかしい話だが、人間の行為に興奮し続けてしまったのだ。 性に淡白だと思っていたのだが、 まさか人間の雄に一晩中猛り続けるとは思わなかった。 人間はベタベタに汚した口元を拭った後、 自身の唾液で汚した私の性器を恥ずかしそうに清めていた。 満腹になり、 忘れかけていた羞恥に襲われたのだろうか。 その姿を見ていると、 なんとも表現しようのない感情が胸に生まれた。 私は思わず苦笑し、 困惑している人間の頬を撫でた。 疲れてしまった私とは対照的に、 心ゆくまで食事をし終わった人間は元気そうだった。 「さすがに眠くなった、 就寝の用意をしてくれ。 今日は赤い手織りのシーツが良いな、 急いで支度を頼むぞ」 私の命令に、 人間は強く頷き大急ぎで寝室に向かった。 おそらく、 人間は必死で寝床の清掃を行っているだろう。 その様を想像すると、 また一つ苦笑し、 私は慣れない笑顔で頬が緩んだ。 次の日から、 人間は毎日食事をするようになった。 私の食事が終わった後、 腹を鳴らし続けてまっている人間を呼ぶ。 それが合図だった。 私の食事中は決して欲しがらずに、 人間はじっと我慢しているのだ。 だが、 私の許しが出ると人間は少し興奮気味に顔を染める。 人間は待ち焦がれた手付きで、 私の下肢をずらし、 中から飛び出た茎に大事そうに手を添える。 そして、 小さく味わうように息を漏らしながら、 私の性器にしゃぶりつくのだ。 『んく…んく……、んく』 と、まるで赤子が母の乳房を吸うように、 人間は私の性器を惚けた表情で味わっている。 愛らしく思えると同時に、 そのまま押し倒し乱暴に犯してやりたくもなる。 私はこの人間に性的興奮をそそられているのだ。 その白く柔らかい頬を無理やりに力で押さえつけ、 強引に怒張をねじ込みたくなる衝動。 それは私の雄としての本能なのだろう。 私は、 雄なのだ。 興奮し昂ったならば相手を自分のモノにするため、 欲に任せて穢してしまいたくなるのは当たり前だ。 だが、そんな事はできなかった。 心底嬉しそうに、 安心しきって私に身を預ける人間に、 乱暴をすることなどできるはずもない。 私が必死で欲を抑えているなどとも知らずに、 人間は竿の先端を甘い蜜でもすするように、 音を立てて舌を這わせ幸せそうにしていた。 その顔をみていると、 不思議と私も幸せに思えてしまう。 こんな食事しか出来ない人間を哀れに思ってしまう一方。 私の黒い感情は、この哀れな人間の環境を快く思ってしまっている。 私の精液で食事をするようになってから、 人間は明らかに私に懐くようになったからだ。 奴隷と言う立場のみならず、 命の糧を私にしか頼ることが出来ないのだ。 おそらく、 その心の糧の一房は私になってきているだろう。 その証拠に、 人間は雑務が無いときには私の元に侍るようになった。 他に行く宛も頼る宛もない人間が、 私から離れてしまうことなど、 ありえない。 それに私は人間を大事に扱うようになった。 自分に懐いてくるようになった人間が、 可愛くて仕方ないのだ。 今や人間の部屋にはありとあらゆる贅沢品が揃っている。 最高級の寝具や小道具、一流の職人が編んだ礼服。 特に寝具に関しては人間は一番に喜んだ。 火喰い鳥の羽毛で誂えた枕を与えたときには、 人間はそれはもう幸せそうに微笑んだ。 人間は心安らかに眠れる環境がとても大事なのだろう。 夜、安心して眠るれることが幸せなのだと、 声なき声で人間は私に語った。 奴隷として飼われていた時に、 よほど辛い思いをしたきたのだと思うと、 私の心に深い闇を抱かせる。 今も胸から腹にかけて残る大きな傷跡、 無残に鞭打たれた背中の裂傷の痕跡。 圧迫され壊された声帯。 光を失った痛々しい右目。 いつか、 もし私がこの人間の前の主人に出会うことがあったならば、 私は何をするだろうか。 込み上げる憎悪を胸にしまい、 私に懐く可愛い人間を愛でる。 夢見心地で私の性器にしゃぶりついている人間。 その大きく頬張っているホホを優しく撫でてやると、 人間は甘えるように目を細め私の手つきに酔っていた。 だが私は、あの悪魔の手術の残酷さを呪うと同時に、 その残酷さに感謝さえしていた。 人間が食事のたびに私に甘え、 熱に浮かれる姿は至福の時間だからだ。 人間に襲った不幸を喜ぶ私は、 心の醜い生き物だ。 私は人間の愛しさを強く感じる。 人間は私の猛る壺を覚えたようだ。 私が性的に興奮すればするほど、 陰茎からは液がしととに溢れ出る。 それを知ってか知らぬかはわからない。 だがどこを刺激すれば美味しい蜜が大量に溢れるのか、 それを覚えたのだろう。 人間が私の竿を根元まで口に含み、 その柔らかな舌で裏筋を包む。 舌で固定した猛りをそのままに、 人間は口腔を蠢かし甘噛みを続けた。 時折、 私の竿を口から離し、 根元から先端にかけて舐め上げ、 零れ落ちる粘膜の液を味わっている。 本当に美味しくてたまらないのだろう。 人間は普段の私に隷属している時の、 一歩引いた謙虚な表情を隠し、 惚けた表情で酔ったかのように私の陰茎をしゃぶり続ける。 私は時を忘れ、 その淫らな人間の食事を堪能した。 しばらく経ち、 私は一度目の放出を迎える。 この瞬間が一番人間の至福のときであるようで、 人間は無我夢中になって、 私の勢いよく溢れ出す白濁を咽を鳴らして味わい続ける。 最後の一滴まで搾り取るように、 人間は、竿の先端の割れ目に舌を這わせ味わっていた。 液が溢れなくなると、 人間はまだ物足りなさそうに口を離した。 「どうだ? 満足したか?」 私の問いに、 人間は小さく頷いた。 その仕草を確認し、私は苦笑する。 人間が小さく頷くときは、 心を隠しているときが多いことに、私は気が付いていた。 私は惚けた表情のままで私の下で侍る人間の髪を撫で、 人間に優しく語り掛けてやる。 「満腹になったのならば良いが、 もし遠慮をしているのならば後で困るぞ。 今日私は昼前にでかける。 夜まで帰れないのだ。 だから、もし我慢しているのならきちんと食事を済ませておかないと、 夜までお預けのままだぞ?」 人間は慌てたように私を見つめた。 まだもう一度味わいたいのだろう。 だがそれを私に告げる勇気はないのか。 人間は自分が奴隷だという立場を酷く気にしていた。 私はそれを知っていたから、 再び苦笑してしまう。 もはや私は人間を奴隷扱いしていなかった。 それを知らないのは、 人間自身だけだろう。 「そんな顔をするな。 欲しければもう一度私も頑張るから、な。 どうする?」 私の問いに人間は心底嬉しそうに頷いた。 その表情は笑顔で満ちている。 人間がまた嬉しそうに私の性器にしゃぶりつくのを確認し、 私もまた人間の愛らしさに満足していた。 人間が屋敷に暮らすようになってから半年が過ぎた。 人間はまだ成長途中であったのか、 少しだけ背が高くなった。 人間の年齢は知らなかったが、 私より少しだけ年下なのだろう。 人間が以外にも嫉妬深いことに気が付いたのは、 先日の話だ。 私に取引先の令嬢との見合いの話が起こったのだ。 先代が亡ったとはいえ、 私の仕事の実績は決して衰えてはいなかった。 むしろ更に成長しているといっても過言ではないだろう。 私は人間を路頭に迷わせないためにも、 これまで以上に商売に熱心に取り組んだのだ。 人間のためを思えば、 仕事も少しだけ楽しくなったのだ。 そして、 人間が私の仕事を少しだけ手伝うようになってくれた先々月以降、 私は仕事が大好きになった。 人間が私の為に書類を運んでくれる。 ただそれだけでも私は嬉しくて仕方なかったのだ。 全ては順調に進んだ。 人間のためを思い、 ただそれだけを願って。 私は仕事に励んだ。 自身でも想像していなかったほどに、 商才があったのだろうか。 私の名は以前に比べ知られるようになり、 そしてその名には権力が付き従うようになった。 今やこの国の流通の何割かは、 私のさじ加減一つで変えられるようにまでなっている。 だから、未婚である私を知った古だぬきは、 令嬢を会席に同席させたのだろう。 自分の娘を取り入らせ、 内部から社を取り込むつもりなのだ。 ありがちな政略結婚ではあるが、 古くからその手法が使われているのは実際に効果が高いからだろう。 私は無論、 その話を丁重に断った。 正直、 今の私に他者への興味は無かった。 あるのはただ、 私に直向に懐き続ける人間への深い愛情だけだ。 心配そうに私を見つめる人間の頭を撫で、 不安を取り除いてやる。 だが人間はどう思ったのか、 その時以来何か深く考え事をしているようだった。 人間が大好きな食事の最中さえも、考え事をするようになったようで、 何か考えながら私をじっと見つめることも増えた。 その瞳の可愛さに、 私は苦笑し続ける。 思いのほか、 私は信用されていないのだろうか。 人間は私が女を作らないか心配なのだろう。 その嫉妬は私を大いに喜ばせた。 そして今夜、 人間は何かを企んでいるようだった。 私の気を惹く何かを計画しているようだ。 人間は何か私に内緒で行動を起こそうとするとき、 その眉を申し訳なさそうに下げる。 だから気付いてしまったのだ。 仕事の最中も、 申し訳なさそうに私を見る人間。 その癖を知っていたからこそ、 私は今日一日、浮ついた気分が抜けなかった。 人間は一体何をしようとしているのだろうか。 私はそれが愉しみで仕方がない。 先月、 私が誕生日だと言うことを知った人間が、 突然用意した腕輪を思い出し、頬が緩む。 エメラルド色のその腕輪は人間自身の髪で編まれた物だった。 鉄糸を吐く蜘蛛の糸を主軸に、 腐らぬように、何重にも加工した髪を編みこんで作られた、 美しい腕輪。 大好きな相手の祝い事に、 その腕輪を送るのが人間の風習なのだそうだ。 私はその腕輪を肌身はなさず身につけている。 その腕輪を撫でるだけで、 私は幸せな気分に浸れる。 本当に、 私は毎日が幸せだった。 その日の深夜。 私は自身に圧し掛かる人の重さに目を覚ます。 衣擦れの音と荒れた呼吸が、 私の耳を刺激する。 そして目の前に広がった光景は、 羞恥に顔を染めた人間が私に跨り、 その体の内に私の性器を飲み込んでいる姿であった。 私は事の成り行きを察し、 苦笑する。 人間はおそらく、 私が妻を迎えないように、 私の性欲を引き受けるつもりなのだろう。 「お前は本当に、可愛いやつだな。 自身の身体を使って私の気を惹こうというのか?」 私の言葉に、 人間は、後ろめたそうな顔をしながらも強く頷いた。 そして、 キスを願った。 人間の声無き声も、 今の私には容易く聞き取れるようになった。 私は騎乗位になっている人間の顔を引き寄せてやり、 深く口付けする。 引き寄せた反動で寝具が沈み、 より深く結合する事になった結合部を堪えるように、 人間の足先がシーツを擦る。 人間の心地よい香りが、 私の鼻を甘くくすぐる。 晩の食事をしなかったのは拗ねたからではなく、 こういう理由があったのだろう。 その健気な可愛らしさに、 私はますます絆された。 人間は私に舌を吸われ、 甘く喘いだ。 人間の口をたっぷりと味わった後、 私は人間の身体を愛撫してやる。 いままで持ち望んでいた欲を、 私は解き放つことにした。 その二つ並ぶ胸元の突起を強く噛み締め、 嬲る。 私の唾液で濡れた突起を更に舌で転がし、 口に含み、硬さとそのなめらなか弾力を愉しんだ。 人間の腸内が締まり、 呻きが響く。 人間は私の愛撫に感じているようだ。 人間の内部は熱く、 心地よかった。 いままで人間が怖がるだろうと性欲を抑えていたが、 今日はもう抑えなど効かない。 自制心というものは、 一度壊れてしまえば脆いものだ。 だが、 必要以上に人間を不安にさせるのも考えものか。 私は人間を安心させてやることにした。 「人間よ、案ずることは無い。 今更お前を捨てたりはしないのだから、 今度からこんな事はしなくても良いぞ」 人間の目を優しく見つめ、 私は語りかける。 人間は不安だったのだろう。 私の言葉に嬉しそうに頷いた。 その笑顔は、 私だけのものだ。 私の可愛い人間を今日は抱くことができるのだ。 そう思うと、 私の興奮と期待は高まり、胸が高鳴った。 「だが、今日は抱かせてもらうぞ。 私はお前を屋敷に入れてから女と寝ていないのだ。 正直、欲求は溜まっている。 私は雄なのだ、 せっかくのこの機会は十分に愉しませてもらうからな」 そう宣言し、 私は腰を強く人間の内部に叩き付けた。 人間は私にしがみ付き、 嬉しそうに頷く。 少し痛いようだったが、 人間は捨てられる恐怖がなくなった事が嬉しいのか。 幸せそうな顔をして私に抱かれ続けた。 私はいままで我慢をしていた欲求に任せて、 人間を強く犯す。 粘膜が擦れる音と、 幾重にもわたる衣擦れの音が室内に響き渡る。 人間の中を犯す感覚。 触れ合い、混ざり合う私と人間の匂い。 セックスをしているのだと思うと、 私の欲はますます激しくなった。 毎日毎日、 人間の幸せそうな食事の度に。 私は猛っていたのだ。 雄として、 気にいった相手を犯す悦びに飢えていたのだ。 人間は本当に可愛かった。 私が奥を突くたびに掠れた声をあげる。 その耐える姿が、 私の征服欲を満足させる。 人間自身もどうやら感じているようで、 私の腹はねばついた先走りで汚れている。 それを指摘すると、 人間は恥らったように目を逸らした。 その顔を追い、 私は自身が満足するまでその口腔の甘さを貪る。 深い接吻に、 人間も呼吸を乱しながら応えてくれる。 粘膜が触れあう感触は、 特別な接点を私たちに与えてくれる。 歓喜の呻きが、 私の口から漏れる。 その振動は人間の舌にまで伝わり、 人間は嬉しそうに私の舌を愛撫して応えてくれた。 肌と肌が触れ合う温もり。 その幸せな瞬間。 私は微笑まずにはいられなかった。 人間はどうやら週末を私に抱かれる日と決めたようだ。 その日の夜は決して私の食事を願わず、 深夜に私の寝室を訪ねては性行を願い、 私を満足させる。 私は人間の毎日の食事も楽しみだったが、 週末の伽も楽しみになっている。 この週末だけは、 私と人間はまるで愛し合っているかのような感覚になる。 人間はおそらく、 奴隷としての感覚なのだろうが。 私は――どうなのだろうか。 以前から知っていたこの感情に、 私は深く苦笑した。 今更。 自身の感情を偽るつもりはなかった。 私に跨り、 懸命に尽くす人間の姿を愉しみながら。 私は人間の乳首を舐め続けた。 人間の乳首はだいぶ私の愛撫に慣れてきたようで、 今では私が軽くふれるだけで、 人間の内部は快感に締まる。 そのなんともいえない快感を味わうために、 私は人間の乳首をしゃぶり、 舌で揉みこみ、軽く甘噛みをし続ける。 人間はしゃぶる私の頭を抱えながら、 掠れた嬌声を上げていた。 雄であるこの人間に、 嬌声という言葉が相応しいかどうかはわからないが、 声にならないその掠れた振動は、どんな女の声より艶やかであった。 人間はどうやら自身の感じる壺を見つけたらしく、 私の性器を使いその壺を擦るのが好きなようだ。 私は人間のその淫らな奉仕を満足しながら受ける。 「なぁ、人間よ――?」 人間を突き上げ、 腰を蠢かしながら。 よく出来ている褒美にと、 私は人間に何か欲しいものはないかと訊ねた。 人間は、 少し困りながらも、 しかし何か望みがあるのだろう。 少し迷った末、 私の目を熱く見つめて、口を開いた。 むろん、 その口からは掠れた風しか漏れぬ。 だが私はその言葉を確かに聴き留めた。 そして、 思わず腹を抱えて笑い出してしまう。 人間は私が笑ったことにショックを受けたのか、 いじけてしまったようだ。 「すまない人間よ。 お前がまさかそんな願望をもっていたとは気が付かなかったのだ。 そうか、 うん。 お前は本当に可愛いやつだな」 拗ねる人間の頭を撫でてやり、 耳元で囁く。 一度だけだぞ、 と。 私の許しに、 人間は嬉しそうに大きく頷いた。 人間が私の中を慎重に犯し始めた。 そう、 人間は私を一度だけでもいいから抱きたいと願ったのだ。 人間は私に抱かれ続けていたが、 この可愛い人間もやはり雄だったのだろう。 私に抱かれながらいつもその反対の立場を想像していたらしいのだ。 私はいままで誰にも抱かれたことなどなかったが、 この可愛い人間の願いをむげにする事は出来なかった。 少しだけ、 人間の陰茎の固さに私は眉を顰める。 だが、 一生懸命に私を抱こうとしている人間の事を思うと、 痛さよりも圧倒的に深い庇護欲が刺激された。 「人間よ、お前誰かを抱くのは始めてなのだな」 私がからかう様に囁くと、 人間は恥ずかしそうに小さく頷いた。 その快感に浸る表情と、 そして、申し訳なさそうな顔が私をますます苦笑させる。 人間はとても興奮しているようだ。 「どうだ、私の中は気持ちよいか?」 人間は顔を真っ赤に染め、 興奮冷めやらぬ顔のまま何度も何度も頷いた。 その幼さの残る可愛い人間に、 私はまた苦笑した。 私が始めて夜を経験した時、 その相手の年上の女が苦笑したそのわけが、 少しだけ理解できた。 なるほど、 夜に慣れていない初めての雄に抱かれる、このこそばゆい感覚。 これは確かに優越感を刺激された。 抱かれていながらまるで私に主導権があるようにさえ思えるほどに、 人間のぎこちない動きはやはり可愛らしく思えてしまう。 「もっと激しくしても良い。 私の身体は気にせず好きに動いてみたらどうだ?」 私の言葉に人間は嬉しそうに頷く。 そして、 激しく揺れ動く衝撃にシーツは擦れ、艶かしい夜が再開した。 人間は本当に気持ちよいのだろう。 その顔は野生の雄そのもので、 私を征服するように何度も何度も犯している。 いつも私に抱かれ快感に酔っていたこの年下の雄が、 今は私を犯し、必死になって私の肉を貪っているのだ。 私はなんともいえない興奮に包まれた。 まさか、自分が誰かに犯される日が来ることなど想像もしていなかったが、 愛しい相手に抱かれるのならば、まあ悪くはないか。 思わず漏れる苦笑。 内を犯されるその圧迫感は少し苦しかったが、 人間の興を削ぐことはしたくなかった。 私は衝撃に耐えるために、 人間の背中に腕を回した。 そして、その筋肉の流れを摩る。 意外にも人間の筋肉はしっかりとついていて、 その皮膚は硬いが、肌はきめ細かく滑らかだ。 その手触りのよさを味わいながら、 私は一生懸命に私を味わう人間を観察する。 美しい緑の髪。 猛禽を思わせる鋭く端正な顔立ち。 それらは性交の汗に濡れ、 艶やかに輝いている。 人間は快楽を堪えられないのだろうか、 いまにも爆発しそうなほどにその陰茎は膨れ上がっていた。 初めての自分主体の性行に、 興奮しているのだろう。 「我慢せずに一度出してしまえ。 どうせ一度だけでは満足できないのだろう? 今日は特別だ、 今夜は最後まで付き合ってやるから、 好きなようにするが良い」 私の言葉に、 人間は目を丸くし、 そして一時。 人間はまた私に微笑みかけて何度も何度も頷いた。 その笑顔の愛らしさに私は苦笑し、 人間の欲が果てる最後まで、 何度も何度も抱かれ続けた。 ふと気が付くと時刻は明け方をとうに過ぎていた。 遮光カーテンで遮られたこの部屋に、 日光が差すことはなかったのは幸いか。 正直、今日は仕事にならないだろう。 体の気だるさを苦笑し、 私は横に眠る人間の頭を撫でた。 人間は眠りながらも私の手に甘え、 その頬をすり寄せた。 やはりどこまでも可愛い奴だった。 人間をもう二度とこの手から離したくない。 初めての自分主体の性交で疲れて眠る人間。 よほど嬉しかったのか、 人間は私が許したのを言いことに夢中になって私を犯し続けた。 何度も何度も私の中に性を吐き出し、 その征服欲に酔っていたようだ。 再び、 私の腕の中で眠る人間の頭を撫で、 私は人間に深く詫びた。 ずっと隠し続けていることがあるのだ。 それは人間にとって許しがたい嘘だろう。 だが私は、 自身の突き通している嘘に後悔などしていない。 本当は、 私は知っているのだ。 人間が普通の食事を取れるようになる術を。 人間の改造された胃を直す方法を。 私は知っているのだ。 もしそれを教えてやり、 人間の身体を直してやれば。 人間は喜び、私に感謝するだろう。 だが、 私は決してそれを人間に教えたりはしない。 直してやったりはしない。 可愛い人間に嘘をつき続けるのは心痛いが、 私にはできなかったのだ。 もし普通に食事ができるようになってしまえば、 人間はもしかしたら私から離れてしまうかもしれない。 人間の性格を考えればそんな事はありえないのだが。 私の黒い感情がそう思ってしまったのだ。 だから私は。 あの悪魔の手術を記した書を、 施した医者を、事実を知るもの全てを。 消したのだ。 権力を振りかざし、 無抵抗な者さえも手にかけて。 私は文字通り、 人間を手放さないためにどんな手段も厭わなかった。 真実を知るものはもはや誰もいない。 皆、物言わぬ骸になった。 もし世間が、 私のした行いを知れば非難するだろう。 卑しき人間のためにどうして犠牲を出さなければいけなかったのか、 愛しているのならどうして人間を救ってやらないのか、 と。 安心しきったように隣に眠る人間。 私に抱かれ甘く喘ぐ可愛い人間。 私を抱き、快楽に酔う雄の人間。 その愛しき顔を眺め、 私は微笑んだ。 決して終わるのことのない愛を、 私は愛しき人間の寝顔に誓った。 たとえそれが真実の愛でなくとも、 私はそれで構わなかった。 たとえ歪んだ愛だとしても、 私が人間を愛している事実に変わりはないのだから。 人間に抱かれ、 少し感情が昂ったのだろうか。 自身の胸に広がり続ける激しい愛に、 私は苦笑した。 私もまた少し疲れたのか。 また少し眠くなった。 初めて他者に抱かれたのだから仕方の無い話か。 初めて雄の表情を見せた人間の顔を思い出し、 私は苦笑した。 私は抱くことのほうが大好きだが、 たまには抱かせてやるのも良いか。 明日人間はどんな表情を見せるだろうか。 初めて私を抱き、 その表情はどう変わるのだろうか。 きっとまた照れくさそうに笑うだろう。 私は早く明日にならないかと、 内心で微笑んだ。 そんな事を考えているうちに、 私は深い睡魔に襲われ、 温かい人間の身体を抱き寄せ再び愛を囁いた。 人間は疲れてまだ寝ているようで、 就寝するまでの心地よい意識の中。 私は愛しき人間を抱きしめ続けた。 優しいその手が頭を撫でてくれるのを感じながら、 俺はその安らぎが心地よくて、 眠ったフリを続けた。 今日もこの人は、 俺につき続けている嘘に罪悪感を感じているようだった。 俺は愛しいこの人が嘘をついていることを知っていた。 だけど、 その嘘をとても嬉しく思っている。 なぜなら、 この人の愛がそれほどに深いものなのだと気付いているからだ。 それに、 俺が食事と称し、毎日この人の性を味わい続けていれば、 外で浮気をする事もないだろう。 この間起こった見合い騒動のとき、 俺は自身の心の奥に灯った殺意を確かに感じていた。 もし愛しいこの人が女なんかと関係を持ったら、 俺はその女をどこまでも追いかけて殺すだろう。 この人は俺だけの愛しい人なのだ。 俺だけを考えて欲しかった。 俺の事だけを、 一番に思って欲しかった。 俺は無知で、馬鹿で、学も無い。 生まれた頃から負け犬の俺を、 この人だけは愛してくれた。 俺のもう二度と出せない言葉も、 この人だけは聞き取ってくれるのだ。 初めてこの人が俺の言葉を理解してくれたとき、 俺は嬉しくて嬉しくて。 その時の事はいまでも鮮明に思い出せる。 俺だけの愛しい人。 もし俺が真実を知っていると伝え、 それでも貴方を愛していると伝えれば。 愛しいこの人の罪悪感も消え、 心穏やかな日々を暮らせるのだろうが。 俺は真実を伝えない。 この人の罪悪感が募れば募るほどに、 この人は俺を愛してくれるのだから。 今日この人は、 俺にその綺麗で甘い身体を抱かせてくれた。 いつも夢見ていたその甘い瞬間。 今度はいつ抱かせてもらえるか分からないから、 俺は何度も何度も愛しいこの人の身体に吐精した。 何度も。 何度も。 甘くて柔らかいこの人の身体を犯した。 どうやら愛しいこの人は犯されるのが初めてのようで、 俺のために痛さを我慢し続けてくれたみたいだ。 少しだけ申し訳ない感情もあったが、 それよりはるかに大きな悦びの感情に、俺は夢中になっていた。 俺は大好きなこの人の初めての相手になれて、 嬉しかった。 ますますこの人が大好きになっていく自身に気が付いて、 俺は微笑んだ。 俺の笑顔を、 この人はとても大好きなようで。 俺はいつもこの人のために笑う。 明日も俺は微笑み続ける。 この人が大好きだから、俺は毎日を生きていける。 そうだ、 明日は食事のときにちょっと意地悪をしてやろう。 竿の先端を齧られるのが苦手なこの人だったけど、 明日はたっぷりその甘い蜜を吸って齧ってやるのだ。 きっと愛しいこの人は俺の食事だから仕方がないかと、 苦笑しながら我慢して俺に食事を続けさせてくれるだろう。 俺はこの人の苦笑が大好きだった。 だってその苦笑のほとんどは、 俺のことを考えてくれているのだと知っていたから。 この人の苦笑を見るたびに、 俺は嬉しくなってしまうのだ。 明日はどんな苦笑を見せてくれるだろうか。 そう考えると、 俺は明日が楽しみで仕方が無かった。 早く明日にならないかと待ちわびながら、 俺はその優しい腕の中に強く身体を押し付けた。 とても温かくて、 俺はとても幸せだ。 眠りながらも、 俺を強く抱きしめ続ける愛しい人に身体を預け、 俺は再び心地よい眠りへと意識を飛ばした。 (終) |
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