【かごめかごめ】


生まれた時から私は独りだった。
鬼と人間の間に生まれた私は、生まれた途端に人間の母から捨てられ、
それ以来、山で暮らしている。
山の動物は皆私を恐れた。
私が鬼の邪気を孕んでいるからだ。
人間は皆、私を恐れた。
人間の血が流れているとはいえ、私の頭には二対の禍々しい角が生えていたからだ。
鬼の血が流れているとはいえ、私の肌は人のように褐色だ。
鬼は皆、私を疎んじた。
鬼からも、人間からも動物すらにも疎んじられていた。
だから私は生まれてからいつも独りなのだ。
私は人間が嫌いだった。
鬼や動物と違い、人間は私を見るたびに苛める。
人間は私を罵る。
人間は私に石を投げる。
だがその嫌いな人間の言葉を使うのは、たまに山で取れる獲物を人間の猟師と商談を交わす為だ。
今日も猟師が、私の捕らえた猪を買取に来た。
猟師は変わり者だった。
「おうアカ、今日もうまそうな猪を捕まえたな。これは高く売れそうだ」
私の角は赤い、猟師は私のことをアカと勝手に呼んでいた。
初めて呼ばれた名だ。
私は必要以上に猟師と間柄を持つつもりはなかったが、名を呼ばれることは悪い気分ではなかった。
人間は嫌いだったが、猟師は別だ。
私に色々な文化を教えてくれる。
私は無言で猪を差し出す。
私は猟師の前でしゃべる事はなかった。それを誤解した猟師は私が言の葉を発することをできないと思い込んでいる。
「ほら、これが駄賃だ。
桃と呼ばれる果実で、それはもうなんとも美味なものだ。アカのためにわざわざ村長の目を盗んで持ってきたんだぞ」
猟師が差し出す果実を受け取ると、やはり私は無言で山の奥へと帰る。
「おーい、アカ。また宜しくな」
猟師は手に入れた猪を満足そうにおぶると、山を急ぎ足で降りていった。
私は独りが寂しかった。
寝床に帰る途中、出会った小動物はみな逃げていった。
小動物は逃げながら私の悪口を言う、
「お前の角は醜い、
お前の身体の紋様は鬼なのに、肌は人間のようにやわだ。
なんて醜悪な生き物なのだろう」
私は悔しかったが、何も言い返せなかった。
寝床に帰る途中、散策をしている人間の侍に出会った。
人間は私に逃げ腰で刀を向けた、
「なんと性悪な鬼じゃ!
鬼の癖に、麗美な人のような顔をしおって、我を誑かそうというのか!
お前は心まで醜い鬼じゃ!」
私は無視して寝床に向かった。
侍は追いかけてこなかったが遠くで私を罵りつづけていた。
私はいつも独りだった。

猟師の持ってきた桃という果実は、それはもう美味だった。
甘い水分を含んだ果実は、この山では取れない貴重な味なのだ。
私は果実をむしりながらあの変わり者の猟師を思い浮かんでいた。
猟師は私を恐れない。
ただそれだけの事が、私にとってどんなに幸せなことなのか、きっと猟師は知らないであろう。
さて明日は何を狩ろうか。
猟師は何が好みだろうか。
私は嬉しい悩みを抱えていた。
猟師と商談を交えるその時だけが、
独りで生きる私にとって、かけがえのない時間なのだ。

「なあ、アカよ。いつも独りのお前だが、夜はどうしているのだ?」
ある日猟師は私に問い掛けた。
質問の意味がわからない私は首を傾げた。
「だから、夜の処理はどうしているのだよ。鬼のお前とはいえ、やはり独り夜は身体が火照るのではあるまいか?」
猟師は意地の悪い顔をし、再度問い掛ける。
猟師はたまに意地悪な質問するのだ。
学がない私には、人間の文化にも鬼の文化にも造詣がなかったからだ。
猟師の質問に私はいつも首を傾げる。
その間抜けな顔が面白いと、猟師はいつも笑いながら、だが最後には私に人間の文化を言って聞かせてくれた。
猟師は意地悪だが優しかった。
今回も、私には猟師の意味する問いが分からなかった。
「やっぱり、アカは頭の悪い鬼だ」
猟師はいつもこうやって私をからかう。
「良いか、人間というのは夜におなごを抱くのだ。おなごの身体はそれはもう魅力的でな、それが男の夢なのだ」
猟師は大袈裟に身振り手振りを交えて私に言う、
「だがな、全ての男がおなごを抱けるわけではない。するとな、どんどん欲望が溜まっていくのだ。欲望が溜まると人間はどんどん欲求不満になる」
ここで猟師は私をからかうように指差した。
「アカのように、独り寂しいモノは自分で自分を慰めるのだ」
猟師のからかいにいまいちピンとせず、私はまた首を傾げる。
「………なんじゃ、ツマラン。面白くなかったか」
猟師は私が何か反応すると思ったのだろうか、私が意図を理解できないとあからさまに落胆した。
いつもならここでその意味を教えてくれる猟師なのだが、今日は教えてくれなかった。
「ツマランのう、俺はもう帰る」
帰ってしまいそうになる猟師に私は焦った。
猟師がこの意味を教えてくれなければ、私は他の誰からも教えてもらえることはないのだ。
猟師の服のスソを掴み、私は猟師にはじめて訴えた。
「…教えてくれ。私にはわからないのだ」
私の声は潰れたような醜い声だった。
だから私は言葉を発したくなかったのだが、どうしても猟師の言葉の意味が知りたかった。
「なんだ!アカよ、主は言葉を使えたのか!」
猟師は本当に驚いているようだった。
「ならば何故いままで黙っていたのだ?俺は主とちゃんと話がしたかったというのに」
目を輝かせてすら言う猟師に、私は感激した。
猟師は私と話がしたかったと、確かにそう言ったのだ。
「………教えてくれ。私にはわからないのだ」
再度問う私に、人間はまた意地の悪い顔をした。
「さてはアカよ、本当に知らないのか。夜伽の事も自分を慰めることも」
猟師の言葉に私は頷いた。
猟師はまずます喜び、口の端を吊り上げた。
「ならば俺が教えてやろう、人間はな、独り寂しく火照りを慰める為にこうするのだ」
「…っ………!」
私は思わず声を上げた。
人間が私の衣服の狭間に指を潜らせ、私の陰茎を揉みしだき始めたのだ。
「な、何をする!」
驚きのあまり、私は猟師に抗議した。
「まあ、待てアカよ。少しだけ大人しくしていればすぐに天国をみせてやる」
私の制止をかまわず猟師は私を押し倒し、陰茎を中心に淫らな動きでまさぐり始める。
「……ぁぁ………っく!」
「おうおう、本当にアカは何も知らないのだな。いまどきこんなにウブな者は人間にだっておらんぞ」
少しだけ興奮させた息遣いで、猟師は私を弄んだ。
猟師の指が茎の根元から先端までを扱き、はだけた乳首をぬめった舌で転がし始めたのだ。
もの凄い快感だった。
生まれて初めて生じた熱に私は恐れた。
「や……ぁ……!ま………まて……!こんな!」
「もしや射精した事もないのか…。これは楽しみだ。今からアカの陰茎に起こる放射が射精と呼ばれるものだ」
そう言って、
猟師は私のふぐりから亀頭の先まで両手で丹念に扱きあげた。
「ん!ん!………あ!ぁぁぁー…!」
目の前が真っ白に染まり、
痺れるような快感が私を支配した。
気がついたら私は猟師の手の中に熱い飛沫を吐き出していた。
激しい衝動に、私は息を上げた。
「どうだ?気持ちよかったであろう」
猟師はまた意地の悪い顔をして私を眺めていた。
「アカは鬼なのになんとも艶めいた顔立ちじゃ、まるで人のようだ」
猟師の言葉に悪気はないのだとしても、
生い立ちに、この醜い様相に劣等感を感じている私にはその言葉は胸にささった。
鬼の子として生まれたのは私のせいではない。
人の子として生まれたのは私のせいではない。
なのに皆、
人間も鬼も、動物さえも私の事を半端な化け物だと罵る。
覆い被さる猟師を跳ね除け、私は駆け出した。
これ以上人間に関わってはいけない。
人間に気を許してはいけない。
人間はいつでも私を苛めるではないか。
ただきまぐれに私に構う猟師など信じるわけにはいかない。
寝床に走る私を人間が追いかけてきた。
ついに寝床までついた時、私は消沈していた。
「アカよ、何故逃げるのだ」
人間の言葉に私は応えなかった。
「からかって悪かった、だから機嫌を直してくれ。
アカが何も知らない初心だったから、可愛く感じて、つい悪さをしてしまったのだ」
「……今日で貴様との商談も終わりだ。もう来るな」
猟師は私の目の前にまで近づいていた。
「俺は嫌だ、俺はアカが好いているのだ!アカともっと会いたい」
猟師の言葉に私は動揺した。
誰からも疎まれている私を、猟師は好いてくれてると言う。
一生言われることの無いと思っていた言葉を、
親からも言われたことのない言葉を、
この人間はくれたのだ。
信じたい、
信じたかったが、
「主は嘘つきだ。こんなに醜い角を持つ私を好きになるはずがない」
「そんな事は無い、アカの透き通った赤い角が私は好きなのだ」
「主は嘘つきだ、こんなに醜い紋様を纏う私を好きになるはずがない」
「そんな事は無い、アカの繊細な心のような紋様が私は好きなのだ」
猟師が私を強く抱きしめた。
「……ぁ」
初めて感じる人の温もりに、思わず声が洩れた。
「アカよ、俺は主を抱きたい。抱いてまぐわい、俺の証を刻みたい」
猟師は懇願するように訊ねた。
その温かさに、私は逆らえなかった。
「抱くとはなんだ。教えてくれ、私は馬鹿だから知らないのだ」
私の言葉は続いた、
「まぐわうとはなんだ。教えてくれ、私は馬鹿だから知らないのだ。
私は馬鹿だから、
本当は主と永久にありたいのに、どうしたらいいか分からないのだ。
私は馬鹿だから、
本当は主と触れ合いたいのに、どうしたらいいか分からないのだ」
「アカはほんに可愛い鬼だ。
全て俺に任せていろ。
今日はたっぷり教えてやるからな」
息を乱す猟師の声に、
私は頷いた。
猟師が私に覆い被さり、その重さが寝藁を押し出す。
散った藁の匂いが辺りに舞い、人間の体臭と混じり鼻を刺す。
押し倒され、驚き開いた私の口に猟師が接吻した。
「………ぁ……」
「これが口付けだ、どうするこの先も教えてもよいが…怖いか?」
猟師の言葉に私は首を振った。
もう私は、この人間に逆らう事などできやしなかった。
優しく私を慰めながら、猟師は私を抱いた。
熱い飛沫を体内に受け止め、私は猟師の腕の中、
初めて他人と夜を共にした。

猟師は私にますます優しくなった。
愚かな私に文字を教えてくれた。
愚かな私に数の数え方を教えてくれた。
愚かな私に文化を教えてくれた。
私は嬉しかった。
人間が、他人がこんなにも優しくしてくれた事が、
嬉しかったのだ。
何度も契りを交わし、私は猟師に抱かれた。
私は生まれて初めて自分の生い立ちを猟師に話した、
鬼と人の間に生まれたこと。
両親に捨てられたこと。
人にも、鬼にも、動物にさえ疎まれたこと。
猟師は私の話に涙して聞いてくれた。
私は鬼だから涙を流すことなどなかったが、
猟師は私の代わりにおいおいと泣いてくれた。
醜い鬼の、醜い人の子の私に、猟師は愛を教えてくれた。
私は馬鹿だから、愛というものをよく理解できなかったが、
愛とは温かいものだ。
この温かさは、心地よかった。
心地よすぎて、
私が化け物だという事実を掠れさせていたのだ…。

猟師以外の人間が寝床に訪れたのは初めてだった。
歳は猟師と同じくらいか、
人間は一振りの刃を携え、私を探るように睨んだ。
「お前がアカという、鬼か?」
「そうだ、私が鬼だ。主は何者だ?」
私の誰何の声に、男は刃物で応えた。
「何をする!」
掠めた刀が寝藁を刻み、私は臨戦体制をとる。
距離を取り逃げ場を探る。
「決まっておろう、鬼退治だ。人間を誑かす悪しき鬼め、覚悟しろ!」
そのまま返す刀で、私に切りかかる男。
禍々しいまでの瘴気に、私は怯えた。
寝床の奥へ、奥へ、
走って逃げた。
だが男は私をどんどん袋小路へと追い込む。
緊張の汗が全身を伝う。
人間に苛められることは慣れていたが、
こんな悪意を、いや怨念を持った人間は初めてだった。
このままでは殺されてしまう。
そう確信した私は、
生まれて初めて人間に牙を向けた。
殺さなければ、私は殺されてしまう。
人のぬくもりを覚えてしまった私は、
初めて強く生きたいと思ったのだ。
生きて、
笑って、
人間と、いやあの猟師と永久に在り続けたかった。
生まれて初めてなのだ。
こんなにも他者と命を共にするのは。
「うぎゃぁぁぁぁぁあーーーーッ!」
絶叫と共に男は絶えた。
寝床全体に赤が広がり、
どす黒い死臭が嫌がおうにも鼻腔を貫いた。
気持ち悪かった。
人間の赤が、私を纏った。
しばし、呆然として、
私は人を殺めてしまった事に恐怖した。
早く、この死体を処理しなくては、
早く、この寝床を処理しなくては、
もし今この時、猟師が私を訪ねてきたら、
きっと猟師は私に怯え二度と抱いてはくれまい。
二度と笑ってはくれないだろう。
恐怖の旋律を心臓が打ち鳴らす。
呼吸は深く、荒い。
男の死体を寝床から外に出そうと手をかけた時だ、
「アカ……よ、おま…え…」
搾り出すような呟きを、鬼の耳を持つ私は聞き取ってしまった。
恐る恐る振り返ると、
猟師が愕然とした表情で私を虚ろな目で見ていた。
開いた瞳孔の黒さ。
止まった呼吸。
汗の匂い。
私は焦った。
きっと猟師は誤解をしている。
「…違う!私は人間を殺めたかったわけではない!
人間に襲われて、逃げても逃げても追いかけてくるからだ!」
「でも、アカが人を殺めたのは事実なのだな…」
猟師の言葉に私は息を飲んだ。
そうだ、襲われたとはいえ、人間と殺めた事実に変わりはないのだ。
だが、
それはお前と永久に生きたかったから。
死にたくなかったから。
だから、
私は勇気を振り絞って牙を向いたのだ。
「事実…なのだな…」
「違う……、私は……」
脚を震わせ逃げようとする猟師に私は縋った。
「私は…!」
「触るな!この人殺しの悪鬼め!」
猟師の残酷な言葉が私を刺す。
「鬼の癖に人間のような顔し、人を殺めずひっそり暮らし、
独りだからと同情したのが間違えだった!」
猟師の瞳は怯えと、怒りと、困惑で揺れている。
私は嫌だった。
怖かった。
猟師に罵倒される日なんて想像もしたことなかった。
私は縋った。
去ろうとする猟師の服のすそを掴もうとした時だ。
「……っ!」
猟師が死んだ男の刀で私を斬りつけたのだ。
倒れる私に目もくれず、猟師は村へと消えていった。
私の傷は浅かったが、
心はとうに死んでいた。

私はそれから何度も泣こうとした、
だが鬼の私には涙なんて流れなかった。
私は猟師に許して欲しくて、
生まれて初めて人間の村へ足を踏み入れた。
人が寝静まる深夜。
私は猟師の家の戸を叩いた。
「お願いだ…どうか許してくれ。
私はお前に見捨てられたら生きてはいけない…」
猟師は応えなかった。
「お願いだ…どうかこの戸を開けてくれ。
私は独りが怖いのだ…」
やはり猟師は応えなかった。
しばらくして、闇夜の騒音に気付いた村の人間が
大挙として押し寄せた。
「鬼だ!鬼が出た!」
「………!」
村人は武器を片手に、石を投げ、私を村から追い出した。
体中を傷つけられ、
なんとか寝床に戻った私は、
哀しさのあまりにまた泣こうとした。
だがやはり涙はでなかった。
私が醜い鬼だからだ。

私は猟師に文を書いた。
猟師に教えてもらった文字で、
許して欲しい…
と、何度も何度も失敗しながら書いた。
人間の文字は鬼の私には難しいのだ。
深夜のうちに手紙を残し、
私は次の夜にかすかな期待を胸に猟師の家に向かった。
私の文はバラバラに引き裂かれ玄関の戸に捨ててあった。
重い足取りで寝床に戻った私は、
悲痛さのあまりにまた泣こうとした。
だがやはり涙はでなかった。
私が醜い鬼だからだ。

途方にくれた日々、
独りの冷たさ。
私は温もりに飢えていた。
もう諦めかけていたある日、
私の寝床の前に一通の文が落ちていた。
猟師からだった。
期待と恐れと共に中を開く。
「………ぁ」
そこには
今宵牛の刻、子の方角の廃寺で今夜待つ、
そう書いてあった。
私は喜んだ。
猟師は私を許してくれたのだ。
いてもたってもいられなかったが、
まだ天は昇っていた。
私は猟師に贈り物を用意しようとした。
鬼の手先では器用に紡げなかったが、
山の実と植物で腕輪を作った。
久々に猟師にあえる事に、
私は胸を弾ませ、時が過ぎるのをただひたすらに待ちわびた。

時間より大分早く、私は廃寺で待っていた。
虫の音さえ聞こえぬこの寺は、
少々不気味だった。
まだ来ぬ、まだ来ぬと。
そう呟き始めてしばらく、
私の周囲を悪意に満ちた人間が囲んでいた。
どこかに隠れていたのだろうか。
「何用だ……」
私は威嚇の声を上げた。
だがその声に人間たちは怯みはしなかった。
「こいつがアカっていう悪鬼か。はん、確かに顔立ちだけは綺麗よのう」
「なんでも鬼と人との忌み子だって話だ」
下世話な表情で続ける人間達に、私は焦った。
何故人間がそのような事を知っているのか。
とりあえずこの場を逃げようとする私に、
男たちが動いた。
「おおっと、逃がしゃしねえぜ」
「…!」
全身に鋭い痺れが襲った。
「へへ、鬼封じの札だ。立派な鬼には効かねぇが。半端な鬼の出来そこないのお前には丁度いいだろ?」
恐ろしかった。
人間はいつも私を苛める。
痺れの残る身体をなんとか奮い立たせ、
私は這って逃げようとした。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
せっかく猟師とまた会えるというのに、
死んでたまるものか。
だが私は人間に捕まった。
「安心しろよ、誰もお前を殺したりはしないさ」
「だが、ちょっと痛い目にあってもらうけどなぁ」
言って、人間は私を床へと押し付けた。
私は慄いた。
人間は残酷な事は知っていた。
何度も醜い争いを見てきた。
人間は恐ろしい生き物だ。
「……ぁぁぁぁ!」
次の瞬間に襲った衝撃に、
私は痺れた口で悲鳴を上げた。
押し倒された私は、そのまま男の怒張に犯されたのだ。
「鬼を強姦するっていうのは、なんともオツな味だ」
言いながら、人間は乱暴に私を犯す。
嫌だった。
なんで私がこんな目に…、
なんで私だけがこんな仕打ちを受けなければいけないのか。
必死で抵抗する私を男たちは嘲笑った。
暴れる私を、男たちは容赦なく嬲った。
悲鳴を上げる私の口に、醜い人間の一物を咥えさせられる。
吐き出してやろうとするが、その度に私は嬲られた。
前からも、後ろからも陵辱されて、
私はぼろぼろになるまで犯されつづけた。

男たちが過ぎ去った廃寺で、私は汚れたまま横たわった。
片方の角は折れ、あたりには鮮血が広がっている。
私は待った。
猟師が助けにきてくれることを願い、
待った。
札で封じられた身体は、しばらく動きそうにない。
私は待った。
猟師がきっと助けにきてくれる。
だがいつまで経っても、
猟師が助けに来ることは無かった。

だが、何故男たちは私がここにいることを知っていたのだろう。
何故男たちは私が鬼と人との忌み子だと知っていたのだろう。
何故猟師は助けに来なかったのだろう。
私が鬼と人との忌み子だと知っているのは、
あの猟師だけだというのに。
「…ああ、そうか」
そこで初めて、
私は猟師に騙されたのだと気付いた。
猟師は手紙で私をおびき出し、
男達に鬼封じの札を与え、
私を欺いたのだ。
「私は馬鹿だ」
これほどまでに悔しい思いをしたのは初めてだった。
だが涙は零れなかった。
私が醜い鬼だから、涙など用意されてはいなかったのだ。

許せなかった。
私を辱めた人間たちも、
私を騙した猟師も、
簡単に人間を信用してしまった私自身を。
私は負傷したままの身体で走った。
猟師の元へと駆けた。
憎しみが、私の鬼としての本能を目覚めさせたのだ。
殺してやる、
人間なんて殺してやる。
私を裏切った人間が憎かった。
猟師の家の戸を切り裂き、私は猟師と対峙した。
久し振りに顔をみた猟師は、
私の汚れた身体を見て眼を見開いていた。
「アカよ…、一体どうしたのだ!その傷は!それにお前もしや」
男に汚された私の身体がそんなに驚愕なのだろうか。
猟師は私の汚された身体から目が離せないようだ。
自分で仕掛けたくせに。
いまさらそんな顔をしてももう遅い。
「…許さない、私はお前を絶対に許したりはしない!」
「違う…!俺は確かにあいつらにアカを脅かしてくれと頼んだ、
もう人間の村に立ち入らないように…。
お前がもう人間に苛められる様を見たくは無かったのだ…。
だがこんな酷いやり方をさせたかったわけではない」
「黙れ!」
何も聞きたくなかった。
私に愛を紡いだその口で、
何をいまさら言い訳をするのだろう。
男達に私を辱めさせたその口で、
何をいまさら言い訳をするのだろう。
男達に陵辱されながら、何度猟師の助けを願っただろう。
切り裂かれ、
痛みに耐え、
辱めに打ちひしがれながら、私は猟師の助けをいつまでも待ったのだ。
だが私が愚かだった。
人間が私を大事にしてくれるはずはないのだ。
他者が私に優しさなどくれるはずがないのだ。
私は一時のぬくもりを求めた自分を悔いた。
「貴様など殺してやる…、
私は鬼なのだ。醜い悪鬼なのだ。
生まれた時から誰からも疎まれる、生まれながらの悪なのだ!」
牙を向き、掴みかかる私に猟師は逃げた。
山に逃げ込む猟師を私は追いかけた。
私を裏切った人間を、どうしても許せなかったのだ。
ついに追い詰めた人間に牙を向けたときだ、
私がこの場所に気がついたのは。
ここは私が猟師と商談を交わしていた場所だったのだ。
ここで私はいつも、猟師が山を降りる姿を見つづけた場所だった。
猟師の笑顔が不意に脳裏を過ぎった。
するとどうしたことだろうか、次々に思い出が巡った。
初めて抱かれた夜のこと、後に交わした睦言。
私の生い立ちを涙ながらに聞いてくれたこと。
何もかもが嬉しかった。
いつも独りだった私には、嬉しかったのだ。
だから裏切られ、辱められたのが許せなかったのだ。
動きの止まったしまった私を、
猟師は驚愕の眼差しで見つめていた。
「アカよ、もしや泣いているのか」
猟師の言葉に、
私は初めて自分が泣いていることに気がついた。
涙は次々に零れた。
醜い鬼の私に、涙などあるはずはなかったのに。
私の目からは涙が零れつづけた。
「アカ…」
猟師の困惑の言葉を聞いた途端。
私の中に様々な感情が支配した。
私は人間の横を通り過ぎ、奥地へと走った。
殺せるはず無かった。
あんなに優しくしてくれた猟師を、
殺せるはずなかった。
私は走った。
泣きながら走りつづけた。

人間など大嫌いだ。
人間など醜く、卑怯で、残酷な生き物だ。
血塗れで、自由のきかない身体で、
私は走った。
もうたくさんだった、
愛などという、計り知れない不確定なモノに振り回されるのは。
他者に気を許すことなど、
醜い鬼の私には一生できやしないのだ。
もうたくさんだった。
全速力で走り、私はついに躓いた。
地面に全身が擦れ、
私の懐から植物でできた腕輪がすり抜け地面に落ちた。
それは私の手造りの腕輪だ。
それは猟師のために造った腕輪だ。
猟師との再会を祝う為に造った滑稽な腕輪だ。
今思えばそれがどれだけ滑稽だった事か、
私の喉を乾いた笑いが零れた。
私は馬鹿だ。
人間など大嫌いだ。
二度と信用してやるものか。
人間など大嫌いだ、
二度と言葉など交わすものか。
人間など…、
大嫌いだ。

このまま死んでしまいたかった、
だが私は醜い鬼だから死ぬことは無い。
この穢れた身のままで、
生き続けるのだ。
いっそ心など殺して鬼になってしまおう。
人も動物も、鬼すらも恐れる鬼になってしまおう。
私を傷つけ続ける世界に遠慮など必要はない。
誰もが私を恐れ、
誰もが私に近づかぬよう。
私は心を殺して鬼になろう。
そうすれば誰も、私を苛めることなどできなくなるのだから。
私はもう、傷つきたくなかった。



続く
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