【級友】
僕は友人に監禁されていた。

出世して人が変わってしまった友人が僕は苦手だった。
友人は昔から願っていた、
貧乏な自分を、
無力な自分を馬鹿にしてきた世間を見返すために、
有名になってやる、権力を手に入れてやると。
僕はそれを応援していた。
友人は努力し、自分を磨き、どんどんと輝いていった。
結果、友人は誰もが憧れ振り返るほどの俳優になったが、
その心までも変わってしまった。
友人は、冷たくなったのだ。
僕は友人のはにかんだ笑顔が好きだったが、
今はもう冷たい皮肉の顔しかみえなかった。
僕は友人の優しさが好きだったが、
今の友人は冷酷だった。
時は人を変えてしまったのだ。
社会に出ても尚、いつまでも学生時代の思い出を引きずる人間など、
そうそういないのだ。
そんな事は分かっているつもりだった。
僕の周りはみんな出世したり、夢を叶えたり、
みんな大人になり、強く冷たくなった。
そして次第に、
一人、一人と僕から離れてしまった。
僕は寂しかった。
ノロマな僕だけが取り残され、
僕だけがいまだにウジウジと、
過去の級友を懐かしむだけだった。
あの頃は良かった。
何も考えず、ただ過ごした日常が懐かしかった。
親の庇護の元、暮らした学生時代。
セミを追いかけ転んだこともあった。
溶けかけたアイスを道路に落として泣いたこともあった。
放課後、夜遅くまで遊んだ日は少し大人になった気がして、
嬉しかったのをよく覚えている。
その時初めてこの友人と打ち解けたのだ。
それ以降の僕の思い出には、
つねに僕にはこの友人がいた。
あの頃に帰れたらいい…、
とありもしない事を夢想する僕を、級友はみんなで馬鹿にした。
社会に出てしまった級友はみんな自分の事で手いっぱいで、
いつまでもノロノロとしてる僕との接点はほとんど無くなってしまった。
だけどこの友人だけは冷たいながらも僕の相手をしてくれた。
テレビの出演で忙しいにもかかわらず。
会社を首にされ独りで途方にくれていた僕を、
食事に誘ってくれたり。
カラオケや夜の繁華街に連れて行ってくれたり。
でも僕はこの友人がやっぱり苦手だった。
友人は表面上は優しいし、昔みたいに人当たりも良いけど、
どことなく冷たく黒い感情を感じるのだ。
それに価値観が明らかに違った。
金銭感覚も、倫理観も。
全てが僕とは、昔の彼とも違った。
友人は見栄えの良い高価なモノを好んだが、僕はその厭味な豪華さが嫌いだった。
僕は怖かった。
友人は僕にいろいろなモノをくれた。
一緒に行動するのだからもう少し高い服を着てくれと、
僕には分かりもしない不釣合いなブランド服を着させた。
昔から愛用していた腕時計も野暮ったいと、
自分のしていた腕時計を僕につけさせた。
いくらするかもわからない時計だった。
僕はいつも断るけど、
友人は最後には僕を説得し、僕は不釣合いな重い装飾を受けとざるを得ない。
時折感じる鋭い視線は友人から僕に向けられるものだ。
僕の横に女の子を侍らせ、その子達に僕を触れさせてからかう。
僕は他人に触られるのが苦手だったから嫌がるけど、
友人はその反応を見て喜んでいた。
冗談交じりの行為だったけど、その視線の奥に湿ったモノを感じたのは僕の気のせいではなかった。
敵意とはまるで違うけど、
友人の枠の中の視線ではないように感じた。
なんだかますます僕は怖くなった。
友人にこれ以上あうのが怖くて、
僕は早く新しい職を探そうと求人誌を捲るが、
どこも無能な僕を雇ってくれる場所も無い。
僕はいつもノロマだった。
生活費もつきかけたある日、
僕はとうとう親類のコネを頼ることになった。
母方の叔父の会社で雇ってもらえることになったのだ。
僕は少しだけ惨めさを感じたが、背に腹は代えられなかった。
それとほとんど同時だった。
友人が生活費に困っていた僕を心配し、て「一緒に住まないか?」と聞いてきたのだ。
職が決まったから心配しないでと言うと、
友人は驚いた。
そんなはずない。
僕に職が決まるはずない、と。
決め付けられていた気がして、
僕は腹が立った。
だからつい、「どうせすぐにクビになるから、一緒に暮らそう」
と冗談まじりに言われただけなのに、
カッとして、
僕は余計なお世話だと怒鳴ってしまった。
そしたら目の前が暗くなって、
友人は無表情のまま僕を殴ったのだ。
瞬間、何がどうしたのか分からなかった。
人に殴られたことなんていままでなかったし、
まして友人と喧嘩をしたことなんてなかった。
いままで散々世話になってきたのに、
余計な世話だなんていった僕が悪かったのだ。
ごめん、と謝った僕に、
友人は笑った。
その笑顔が僕は物凄く怖かった。
その無表情な笑みに、恐怖した。
だってあんなに無表情のままでいられるなんて、
まるで人間ではないように思えたのだ。
恐怖で、僕は涙を零した。
その涙を見て、友人は顔色を変えた。
友人は僕の髪を掴み上げ、泣くなと怒鳴った。
怒鳴られてますます泣いた僕を引きずり、
友人は車に僕を押し込んだ。
訳がわからなかった僕は暴れたが、
友人は僕の手足を縛り上げて後部座席に縛り付けた。
なにがなんだかわからなかった。
なんで僕がこうされているのか、
なんで友人はこんな事をしているのか。
友人は上機嫌で運転しながら、
僕に「はじめからこうすれば良かった」と笑いながらいった。
怯えながら訊ねる僕に、「お前を部屋で囲うことにするよ」と意味不明なことばで返した。
友人の部屋についた時、
僕は友人の本気を悟った。
部屋には僕の写真が飾ってあった。
僕と友人と二人で撮った写真だ。
あの懐かしい日々を感じさせる古ぼけた一枚。
ただそれだけなら思い出のポートだが、
現実は違った。
写真はその一枚だけではなく、部屋一面に飾ってあったのだ。
苛められて不登校気味だった中学時代の僕の写真。
あの時はいつもこの友人が助けてくれた。
友人と一緒にバイトをした高校時代の僕の写真。
あの時はバイト先で失敗ばかりの僕をいつも友人がフォローしてくれた。
学科が違い、
離れ離れになってしまった大学時代の僕の写真までもが飾ってあった。
いつ撮られたかも分からない写真だ。
そして最近の、挫折を繰り返している僕の写真が、デスクの上に飾られている。
それらは一枚二枚のレベルではない。
僕は恐怖でガクガク震えた。
だって、これではまるでストーカーだ。
綺麗だろ?とうっとりと笑う友人に、
怖すぎて、僕は友人の顔なんて見れなかった。
怯える僕を床に押し倒し、
友人はそのまま僕を犯した。
その時の事はあまりにも残酷すぎてよく覚えていない。
恐怖と苦痛で泣き叫び、
助けを求めた記憶が断片的に蘇る。
僕のこの部屋での監禁生活はそこから始まったのだ。

乱暴にドアが開けられた。
友人が帰ってきたのだ。
友人は冷めた目で僕を見つめ、また僕を殴った。
怯えた僕の目が気に入らなかったらしい。
僕は友人が怖くて、部屋の隅へと後退った。
その僕の反応が余計に気に入らなかったらしく、
友人は僕を追いかけてきて、僕はまた頬を叩かれた。
鋭く睨むその目が怖くてまた目を逸らすけれど、
それがまた友人の怒りを誘う。
友人は、僕の血で汚れた唇を乱暴に拭いた。
僕の血が友人のシャツを汚し、
友人は小さく舌打ちした。
そしてそのまま僕の口を強引に奪いそのまま床に組み敷く。
友人の厭味な香水の匂いが僕は苦手だった。
友人は僕に腹を立てるとこうやって僕を押し倒す。
この後、僕はまた犯されるのだ。
逞しい男の筋肉が僕を捕らえた。
腕の脈打ちすらも感じられるほどの距離。
男に、友人に犯されるのはどうしても嫌で、
殴られるのを覚悟で抵抗する僕だが、
僕の抵抗なんて何の意味も無かった。
「……やだ…、やだって!何考えてんだよ!」
うつ伏せに背中を押し付けられ、
僕は恐怖で小刻みに震えた。
また犯されるのだ、
と身体が勝手に萎縮し、震えつづける。
今朝も犯されそのまま中に出された体液が手伝い、
友人の雄を拒むことなく、飲み込む。
「……、やだ!……やめ…っ…!」
何度も何度も犯された僕のソコは男の雄の大きさに馴れて、
今はもう痛すぎて失神することもなかった。
だけど、犯される苦痛が無いわけじゃない。
「痛い……痛いから……っ、…も、やだ…」
僕は泣きながら訴える。
痛くて、苦しくて、
何故僕が犯されないといけないのか分からなかった。
僕を犯す友人は何も言わずにただ犯しつづける。
猛った友人の怒張は粘膜を帯びた僕のお尻を何度も何度も出入りする。
友人の腰の動きに合わせて、僕は跳ねた。
「……ぁ……ん!……やぁ!」
次第に僕はいやらしい喘ぎを上げ始める。
はじめは、自分が男に犯されて喘ぎを上げることなんてあるはずないと思っていた。
だけど、
今朝たっぷりと飲まされた薬がまだ僕の身体に残っているのだ。
なんの薬かわからなかったけど、
この薬を飲まされると僕の身体は痺れて、何も考えられなくなる。
そして頭が火照って、犯される度に腰の奥が熱くなった。
腰が勝手に友人の貫きに併せて動き、
僕の陰茎は勃起しはじめた。
僕の勃起を見て友人は満足したようだ。
僕は男に犯されて勃起してしまった事実に打ちのめされるけど、
友人はその僕の姿に喜び、良い子だと誉める。
友人は僕の勃起を扱き始める。
良い子だから射精してみろ、と耳を舐め上げられ命令される。
僕は犯されて射精するのが嫌でヤダと抗議するけど、
無駄だった。
友人は巧みな動きで僕を扱き上げ、お尻の中の僕が感じてしまう場所を集中して犯し始める。
「やだぁ!……や……!」
だんだんと腰の奥が痺れ、目の前が真っ白に染まる。
「ん……ん……っ……!」
気が付いたら僕は射精してしまっていた。
友人の綺麗な長い指に僕の精子が纏わりついていた。
友人の指から床の上にポタポタと、僕の精子が零れている。
その飛沫を掬い上げて、
友人は「綺麗に舐めとれ」と僕の口まで粘膜を運び、僕の口に捻じ込む。
僕は苦しくて嫌がるけど、その抵抗は友人の興奮を誘うだけだった。
僕は乱暴に犯されながら、自分で汚した友人の筋張った指を綺麗になるまで舐めつづけた。
全部舐めとると、友人は満足そうに僕を誉めた。
誉められても僕はちっとも嬉しくなかった。
僕の涎でベトベトになった友人の指はそのままにまた、
僕の陰茎を扱き始める。
「なっ!やだ…!ちゃんと舐めとった…っ!」
僕の抗議は聞き入れられなかった。
友人は僕を奥の奥まで犯し、僕の陰茎を愛撫しつづけた。
射精した直後に扱かれて頭が割れそうに痛かった。
だけど少ししたらまた僕は勃起して、
友人のレイプに併せて喘いでいた。
我慢できずに射精した僕を、また友人は誉めた。
そしてまた自分で汚した友人の指を綺麗になるまで舐める。
何度も何度もこれを繰り返して、
僕はその度に誉められるけど。
惨めさしか感じることが出来なかった。
時折聞こえる荒い息だけが、
冷たい友人の人間味を感じさせた。

苦痛の時間が終わった。
僕は犯されつづけたせいで、
立ち上がることもままならなかった。
友人は消沈する僕を抱き上げた。
身体が宙を浮き、恐怖がまた襲う。
地面に足がつかない、
友人のきまぐれで地面に叩きつけられてしまうかもしれないという恐怖だ。
痛いのはもう嫌だった。
けれど僕の心配は杞憂だった。
友人は動けない僕をリビングまで運び、椅子に座らせる。
そして怯える僕の前に弁当を置いた。
高そうなお弁当だったけど、
僕に食欲なんてなかった。
動かない僕に、友人は焦れた。
僕の頬をまた軽く叩き、食べろと命令した。
僕は怖かったけど、
暴力が怖かったから食べた。
味なんてちっともわからなかった。
食べる僕を友人はじっと観察していた。
僕はそれが気になって仕方ない。
またいつ、友人の怒りの線に触れるかわからなかったからだ。
本当はとても大好きだった分厚い卵焼きも、
モソモソとして、美味しくなかった。
ふと友人が立ち上がった。
キッチンの奥へと消えた友人に僕はほっとした。
いつまでも僕を睨むその鋭い視線が、怖かったのだ。
一人になったら、また泣いた。
友人は忙しかった、だからしばらくは帰ってこないと思っていた。
だけど、不意に僕の隣に気配を感じて、
「…!」
僕は思わず驚いて、立ち上がろうとした。
でも上手く身体が動かなくて、
乗っていた食べかけのお弁当ごと、机を倒してしまう。
床には崩れた卵焼きと、
封の空いたペットボトルが転がっていた。
友人は出かけたのではなく、僕のために飲物を持ってきてくれたのだった。
だけどそのペットボトルは、重力に逆らえず独りでに床を濡らしている。
ボトルの口の部分まで水が零れ、あとは半分残ったままに、
ペットボトルは動かなくなった。
「ごめん……なさ…」
友人はいつまでも床の惨状を見つめていた。
無機質な床に広がる倒れた机と、崩れたお弁当。
不思議と、そこにリアル感はなく、
歪んだこの部屋を縮図しているようにさえ思えた。
僕は恐怖で身体を丸くして全身を守った。
蹴られると思ったのだ。
しかし友人は僕に暴力を振るうことはなかった。
落ちた弁当を乱雑に拾い上げゴミ箱に押し込んだ。
まだ中に残っていたご飯が潰れた音を立てた。
友人が僕を睨んだ。
僕は怖くて、寝室に逃げ込んだ。
寝室は僕の数少ない逃げ場だった。
友人は僕を犯すときを除くと、ベットの上では僕を殴らないからだ。
ベットの上は僕の場所なのだ。
夜には友人が帰ってきて僕を抱き枕の代わりに使うけど、
暴力はされないから安心だった。
ベットの上に逃げた僕の顔を友人は掴んだ。
怖くて顔を逸らす僕に、強引にキスをした。
深くてねっとりとした官能的なキスだ。
僕は苦しくて抵抗したかったけれど、
監禁されてから教え込まされた通りにキスに応えた。
絡んでくる舌を享受して、友人の唾液を飲み込む。
壁に逃げる僕をさらに押し付け、
友人は僕の口腔をさんざんに嬲った。
呼吸のままならない息苦しさに、口の端から飲み込みきれなかった液が零れた。
僕の唾液なのか、友人の唾液なのか、
それとも両方なのか。
零れた液を友人は追い、首筋に合わせて舐め上げる。
粘膜の舌が肌を這う感覚は慣れなかった。
顎のラインに沿ってソレは動き、
最後には僕の耳の中にまで進入した。
穴の大きさに窄められた友人の舌が僕の耳を犯す。
水分が狭い穴の中で弾ける音。
舌に押されて動く空気の潰れる音が、僕の頭の中を駆け巡る。
僕は耳の中を舐められるのが何よりも嫌だった。
脳みそを直接レイプされているかのような疑似感だった。
震える僕に友人はまた笑った。
良い子で留守番をしていろ、と言い残し、
友人は部屋を後にした。
少しして、
車の発信する音が響く。
友人が出かけたのだ。
呆然とする僕の耳の中にはねっとりした唾液が纏わりつき、
独り残された僕を苦しめた。
あまりの気持ち悪さに耳の中を水で洗った。
だけど洗っても洗っても気持ち悪さは取れなくて、
僕は泣きながら洗いつづけた。
いつまでもいつまでも、
僕の脳にはあの気持ち悪い粘膜音が鳴り響いていた。

最近になって僕は気がついた。
友人はすぐに僕に暴力を振るうけど、
それは僕が意味もなく友人に対して怯える時が多かった。
何か物音に驚いたりして、
僕が怯える時には友人は僕を殴らない。
だけどそれが判ったとしても、
友人が怖くて仕方ない僕には意味がなかった。
友人の顔を見るだけで、僕はガタガタと怯えてしまうからだ。
また昨夜の性行為を思い出し、
僕は震えた。
昨日は、キスを怖がった僕に腹を立てた友人が、
僕を縛りあげて大人の玩具で弄んだのだ。
あんな怖い思いをしたのは初めてだった。
猿轡まで着けられ、拘束されて身動きが取れない僕に、
友人は玩具を一つ一つ説明しながら使い始めたのだ。
陰茎を模した悪趣味なバイブ。
僕の射精を妨げるためのコックハーネス。
ローションの滑りで赤黒く光るパール。
もちろん僕は必死で抵抗するけど、
その度に折檻された。
結局昨夜は、僕は縛られ、お尻に玩具を挿れられたままに、
友人の隣で眠ることを強制させられた。
背後から僕を抱いて、友人は僕の頭を優しく撫でてくれるけど、
僕の中に入っている玩具や射精を塞き止めるハーネスを外してはくれなかった。
時折、中の玩具が大きく暴れて、
僕の感じてしまうところを乱暴に押し続ける。
けれど射精も許されなくて、
僕はただ耐えることしかできなかった。
睡魔なんて一つも襲ってこなくて、
横で気持ちよさそうに僕を抱き眠る友人の腕の中で、
僕は泣き続けたのだ。
やっと許しが出たのは泣き疲れた明け方だった。
涙でボロボロになった僕にキスをしようとした友人に、
僕は従った。
またキスを怖がって折檻されたくなかったからだ。
今度は大人しく従った僕に、友人は笑った。
そして僕の頭を撫でて褒めてくれる。
よほど嬉しかったのか、友人は昔のような無垢な笑顔で僕を撫で続ける。
かつてのあの思い出の日々を少しだけ彷彿とさせて、
懐かしさに胸が切なくなくなる。
だけどやっぱり僕はこれっぽっちも嬉しくなかった。

ある日、友人が僕を外に出してくれるといった。
その言葉を聞いて僕は半信半疑だったが、
友人は本当に僕を外に出してくれた。
久々の外は少しだけ寒かった。
季節はすっかり過ぎてしまったのだ。
友人が僕から手を離したすきに、
僕は走り出した。
友人から逃げるためだ。
もう二度とあんな怖い思いをしたくなかった。
僕は走るのが苦手だったけど、必死で走った。
友人に追いつかれたら何をされるかわからないからだ。
だけど僕の心配をよそに、友人は僕を追いかけてはこなかった。
不審に思い、後ろを振り返るけど、
友人は家の前で動かないままに僕を見つめているだけだ。
僕はわけがわからなかったけれど、
いつ再び監禁されるかもしれない恐怖に怯え、
走り続けた。
やっと僕は家に着き、
そして唖然とする。
僕の住んでいた筈のアパートが取り壊されていたのだ。
今は完全に平地になっていて、
僕の好きだったあのオンボロアパートは影も形もない。
僕はパニックになっていた。
だってあのアパートには僕の、少ないながらも財産と思い出があったのだ。
訳が分からなくて、僕は立ち尽くすことしかできない。
しばらくして、僕は携帯を取り出した。
とりあえず家族に連絡して助けてもらおうと、
電話をするけど、
料金が払われていない携帯が繋がる筈もない。
僕は駅まで走りやっと公衆電話を見つける。
だけど僕は一円たりとももってなくて、
電話をかけることもできない。
駅員に理由を話しても信じてもらえず、
怪しまれながら電話を借りるのがやっとだった。
電話に出たのは父だった。
やっと連絡が取れた家族に僕は安堵した。
僕だ、と電話で伝えたら、
そこでなぜか父は息をのんでいた。
不審に思いもう一度呼びかける僕に、
父はしばらくしてから口を開いた。
『お前なぞもう息子でもなんでもない、二度と連絡をよこすな』
と、冷たい口調で父は言い放ち電話は切ってしまった。
僕は思わず耳を疑った。
もしかしたら、
母の叔父から紹介された仕事をボイコットしたと思われているのかもしれない。
だけどそれは監禁されて仕方なかっただけなのに…。
再び電話をかけ直すけど、
電話は二度とつながらなかった。
何が何だかもう分からなかった。
だけどこのままでいるわけにもいかなくて、
僕はいろんな人に電話をかけた。
だけどみんな忙しいからと僕の話を聞いてもくれずに、
電話を切ってしまう。
いったい僕が何をしたというのだろう。
僕は何も悪い事をしていないのに、
何故みんな僕の事を拒絶するのだろうか。
きっと僕がノロマで人望もないからだろうか。
結局、僕を助けてくれる人は誰もいなかった。
呆然とする僕を、駅員は迷惑そうな顔をして僕を追い出した。
僕は電話を借りた礼すらも忘れて、歩きだした。
どこに行くあてもないけれど、
歩くしかなかった。
僕は疲れてしまった。
やっとあの恐ろしい部屋から出たと思ったのに、
この世界に僕の居場所なんてなかったんだ。
次第に雨が降ってきて、
僕は寒さを凌ぐために公園の遊具の中で雨が止むのを待った。
雨はなかなか止まなかった。
だんだんお腹が空いてきて、
寒さと空腹で僕はますます惨めになった。
雨は結局夜まで止まなくて、
いつまでも公園にいる僕を公園の近所の住人が不審がっていた。
だけど僕にはほかに行く宛ても無くて、
ここにいるしかない。
しばらくしたら遠くから警官の姿が見えた。
住人は僕を指差し、警官が僕を睨む。
僕は怖くてまた逃げだした。
雨の中走り続けて、
僕はもっと惨めになった。
誰も、
一人も僕を助けてくれる人なんていないんだ。
僕は必要とされる人間じゃないから、
誰も僕のことなんていなくなってしまったもいいと思っているのだ。
僕はこの社会に必要とされていないのだ。
僕の足は自然とあの友人の家に向かっていた。
何故あんな怖い部屋に帰ろうとしているか僕にも分らない。
家の前について、僕は悩んだ。
僕はどうするつもりなのだ。
このチャイムを鳴らしてしまえば、またあの生活に戻ってしまうのだ。
何も考えることなく、ただ怯え、友人に囲われる日々。
だけど寒さにも空腹にも孤独にも耐えられなかった。
チャイムを鳴らそうと腕を伸ばすが、
家のチャイムを鳴らすよりも早くドアが開き、
友人は雨でビショビショに濡れた僕を出迎えた。
きっと僕の姿を窓から見ていたのだろう。
おかえりと言った、その顔には満面の笑みが浮かんでいて、
僕の帰りは歓迎されているようだった。
きっと友人には分かっていたのだろう。
もう僕にはここにしか居場所がないのだと。
だから僕を一度外に逃がしても必ず帰ってくると確信があったのだ。
僕は部屋の中に通されて、
友人は僕の体を温かい柔らかなタオルで優しく拭いてくれた。
そして体が温まった僕の前に、
僕の大好物の厚焼き卵の入ったお弁当を用意してくれた。
お腹が空いていた僕はそれを喜んで口にする。
甘く柔らかい卵焼きはとても美味しかった。
お弁当を食べる僕を、友人は笑顔で見つめていた。
そして立ち上がり、僕に飲み物を汲んできてくれる。
僕が好きな乳酸菌飲料だった。
僕はそれを口にして、飲み干す。
一気に全部飲みほした僕に、友人が苦笑した。
考えてみれば、この友人だけなのだ、
僕の好物を知っているのは。
食事の終わった僕を、友人はリビングのソファーに誘った。
背後から座る僕を抱きしめて、
友人は満足そうに僕の髪を撫でた。
僕はその手の優しさが気持よくて、
だんだんと眠くなってくる。
今だけは何も考えずに眠ろうと思った。
だってもう疲れたのだ。
つらい現実を忘れて、
今だけは何も考えずに眠りたかった。
泣きながら眠る僕の頭を、
友人はいつまでも撫で続けていた。

僕は夢を見た。
それはかつての思い出の記憶で。
僕も友人も笑っていた。
何も考えずにただ遊んだ日々。
あの頃に、
帰りたかった。




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