【嘘】 |
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人里離れた俺の家に、 敗戦国の将軍が捕虜として送られてきたのはつい先日の事だ。 正直、初めはあまり歓迎できなかった。 なぜなら、その捕虜が鳥人族だったからだ。 猫獣人族の俺にとって、 捕虜として送られてきた鳥人族は餌にしか思えない。 てっきり王が今回の俺の活躍を認めてくださり、 将軍である俺にご馳走を送ってくれたのだとばかり思っていたのだが、 実際には違った。 この鳥人族は俺の餌などではなかったのだ。 俺達猫獣人族の戦争の勝利を、 敗戦国の鳥人に知らしめるための、 みせしめらしい。 つまり、 俺にこの鳥人の将軍をペットのように飼えと、 そう命令が下されたのだ。 鳥人族に自国の敗戦を鳥人の民に認めさせると同時に、 我が国の勝利を国民に知らしめる。 そういうことらしい。 なんで鳥人の将軍を飼うことで、 そんなことに繋がるのか初めは分からなかった。 だが、 その鳥人が英雄とまで呼ばれた存在なのだと聞き、 少しだけ納得する。 本当に、ただのみせしめなのだろう。 英雄の堕ちた姿は、 鳥人の民に多大なショックを与えることができ、 またこの国にとっては、 勝利を確信させる出来事になるのだろう。 なんとも残酷な話だ。 戦いしか能の無い俺には政事はよく理解できないが、 こうして現実に、鳥かごに押し込められた鳥人が送られてきた。 この鳥人の将軍は鳥人族にとっては英雄なのかもしれないが、 俺にとって見れば単なる小僧にしか思えない。 食べられない馳走に興味はなかったが、 王の勅命に逆らうほどまでには、 まだ世を捨ててはいなかった。 この家に鳥人が送られてきてから毎日、 俺は憂鬱の日々を送っている。 この鳥人の将軍がいつも泣きじゃくっているからだ。 俺がいるときには声を潜めて、 俺が外出しているときには大声を上げて。 この鳥人は泣いていた。 大の男が、 まして英雄とまで呼ばれた将軍が泣いているのにはわけがあった。 この鳥人、 捕虜としてここに送られてくる前に、 鳥人の象徴たる翼をもぎ取られていたのだ。 おそらく、鳥人族の国で折られたのだろうか。 戦争の長期化を避けた敗戦国である鳥人王の命令らしい。 将軍の、翼を折られた姿を自国の民に見せつけることで、 自国の敗戦を実感させたのだ。 敗戦後を考えた、判断の早い鳥人の王は賢いと言えたが、 俺みたいな戦争の駒として使われてきた将軍としては複雑だった。 もしこの国が敗戦国になっていたら、 反対に俺が鳥人族に捕虜として送られていたかもしれないからだ。 翼を折られる事は、 空に生きる鳥人族にとって死よりも辛いと聞く。 俺達猫獣人族に置き換えたとしても、 牙を抜かれ、爪を削られ、尻尾を断ち切られる以上に辛いことらしい。 この鳥人の将軍からはもう生きる気力を感じなかった。 毎日毎日、 鳥籠の中で嗚咽を堪えて泣いている。 翼を折られ、 家畜のように鳥かごに押し込められた惨めな姿で、 この鳥人は敗戦の証として俺に飼われ続ける運命なのだ。 いまもなお、 籠の中で泣きつづける姿は、哀れだった。 よく見ればこの鳥人はまだ若く見える。 戦争にでているのだからそれなりに年は喰っているのだろうが。 成人を迎えるには二、三年は早いと言ったところか。 もちろん、 泣きじゃくっている姿が、 その実年齢より幼く見せるせいもあるのかもしれない。 「……っく。……ぅぐ」 籠の中で、 瞳を震わせる鳥人は、折れた翼をそっと撫でつづけている。 時折、 かすかに残る部分の翼を動かしてみては、 折れた翼に打ちひしがれ、 唇を噛み締めて泣く。 俺が気を使って優しく声をかけてやっても、 鳥人は俺を警戒し、そっぽを向いて嗚咽を堪えるだけだ。 そんな毎日が繰り返し続いている。 折れた翼の先から骨の組織が少しだけ露出していて、 懸命に動かそうと先端が空を泳ぐ姿が、悲哀な姿をよりいっそう深めた。 翼を折られた事がよっぽど辛いのだろう。 鳥人は一度たりとも泣きやむ事がない。 正直、国に送り返してやりたかったが、 両国の王の中で決まったことだ、 戦うことしか能の無い俺にはそれほどまでの発言権など、無い。 両国は和平の路へと進み始めていた。 国同士にさんざん殺し合いをさせ続けられてきた俺達だが。 そのわだかまりは置き去りにされて、 国同士は勝手に協調ムードへと流れていく。 人間と呼ばれるサル達が住む隣国を牽制するため、 猫獣人族と鳥人族は同盟を結ぶそうだ。 冷徹な、国という機関が、 俺は好きになれなかった。 今日も鳥人は折れた翼をさすって、 嗚咽を堪えていた。 その姿は、 やはり哀れだった。 俺はせめてこの鳥人が暮らしやすいようにと、 いろいろな鳥人の生活用品を取り寄せる。 だが、それらは全て翼があることが前提の品で、 ますます鳥人を悲しませるだけだった。 翼を失くした鳥人は、 悲観の末に自らの命を絶つものも少なくないらしい。 それほどに、 鳥人の翼は大切なモノなのだ。 俺は翼の包帯をとりかえるために、 鳥人の籠を開けた。 包帯は折れた先端から流れる血で汚れていた。 俺は鳥人の翼を手に掴む。 すると鳥人は顔面を蒼白にさせ、 暴れた。 「―――ッ!」 掠れた悲鳴が、 鳥人の口から断続的に零れる。 大声を上げて叫びたいのだろうが、 恐怖のあまりに声が出ないようだ。 おそらく翼を折られた時の記憶に怯えているのだろう。 だが暴れる力は弱かった。 鳥人はどんどん衰弱しているのだ。 将軍時代に一度だけ、戦場で争ったことがあったが。 その時の覇気はすでに欠片も残っていない。 この鳥人の戦士は、もう死んだのだ。 死をも恐れぬ果敢ぶりは俺達の間でも有名だったのだが。 今はもう、ただの生気を失った虜囚だ。 おそらく、 俺の戦士が死ぬときもこんな風なのだろう、と。 俺は憐憫を感じずにはいられない。 戦争の駒として使われてきたこの鳥人への同情で、 俺はせめて鳥人を普通の暮らしに返してやりたかった。 包帯を取り換えることを諦めて、 動かない鳥人を俺は籠から出した。 檻が再び開く音に、 鳥人は身体を震わせた。 鳥人はなかなか籠からでてこなかった。 怖い事は何もしないからと、 俺は精一杯優しい声で説得した。 こんなに気を使って声を出したのは何年ぶりだろうか。 しばらくして、 鳥人は少しだけ気分が落ち着いたのか、 俺の言葉に従い、 弱い歩みで籠から出てくる。 その目は赤く充血していた。 俺は鳥人を風呂へ入れた。 鳥人の身体を清めることと、 傷の消毒が目的だ。 俺は風呂は大嫌いでいつもシャワーを浴びるのだが、 衰弱した鳥人のために仕方なく寄り添った。 服を脱がせて、 湯船に浸けると、鳥人はまた泣きだしてしまった。 理由を聞いても、応えようとしない。 そこで初めて思い出した。 鳥人族は羽を器用に使って水浴びをするのだと聞いたことがあった。、 この翼を折られた鳥人は風呂で自分を清められないのだ。 そしてまた、 翼を折られた事実を認識し、涙がこぼれるのだろう。 翼はなくても腕は在るのだから、 身体を清めることぐらい。やろうと思えばできるはずだが。 そんな気力も起きないのだろうか。 鳥人にとって翼は生きる全てに直結すると耳にする。 確かに、鳥人族の戦い方も翼を使った戦術以外に見たことがない。 動かない鳥人に、 俺は仕方なく、おろし立てのスポンジを使って鳥人の身体を洗ってやる。 意外にも広い背中だった。 衰弱する前ならば、 そのしなやかな筋肉は翼を軽快に動かし、 大空を自由に飛び回ったのだろうが。 今は筋力も落ち、 折れた翼をやっと動かせる程度にしか力はないようだ。 鳥人の身体は傷だらけだった。 ここに送られてくる前に、鳥人の国でかなり抵抗したらしい。 翼を折られることが耐えられなくかなり暴れたと、耳にした。 この鳥人、戦士としては優秀だが、 絶対である国家の命令に、 従順に従うほどの忠誠心はもっていなかったのだろう。 何人もの仲間に取り押さえられ、 それでも暴れる中、 最後は鳥王が直々にくだり、命令が下された。 泣き叫びながら、 翼が折られたらしい。 翼を折られた鳥人は、 ずっと泣きじゃくったそうだ。 折られた翼を治療するより先に、 この鳥人は鳥かごに押し込められ、国民たちの前に晒しモノにされた。 鳥人が囚われた籠は、城から町はずれへと馬車に引かれて進む。 鳥人は折れた翼に泣きじゃくる姿を、 全国民の前に晒されみせしめにされたのだった。 英雄のその惨めな姿に、 国民たちは息をのんで敗戦を受け入れるしかなかっただろう。 いままで散々に慕い、守り通した王からのその仕打ちに、 この鳥人は何を思ったのだろうか。 俺には分からなかった。 鳥人は俺に身を任せたままに大人しくしていた。 身体を清めて、俺は少し止まった。 翼を洗うかどうか、迷ったのだ。 少しして、俺は折れた翼を手にとった。 この鳥人にとって、もはや折れた翼は現実なのだ。 辛い現実だが、 それを受け止めなければ生きなれないのだ、とそう思った。 少しだけ残る翼を洗い出した俺に、 鳥人の身体はビクリと揺れた。 鳥人はまた声を堪えて大きく泣き出したが、 俺は気付かぬフリをして洗いつづけた。 ふと、 俺のなかに懐かしい記憶が蘇る。 かつてこうして息子の身体を洗ってやった記憶だ。 息子も俺と同じく風呂が嫌いだったが、 俺は息子と一緒に風呂に入るときだけは風呂が好きになった。 戦うことしか能の無い俺を尊敬していてくれた息子。 あの頃は良かった。 俺は鳥人に気付かれないように、 顔を伏せた。 少しだけ、 胸が痛んだのだ。 シャワーで翼についた泡を洗い流し、 水音が風呂場を支配する。 鳥人は声を堪えて泣きつづけていた。 だがその嗚咽はシャワーの音で掻き消えていた。 水流のおかげで、声が外に洩れることは無かった。 俺は戦士だが、 戦争は嫌いだった。 鳥人に食事をさせるのは苦労した。 無理矢理食べさせてもすぐに嘔吐してしまうのだ。 嘔吐した後、 鳥人はまた折れた翼を擦って、泣く。 生きる気力を無くした体が、 生きる糧である食事を拒絶するのだと医者は言った。 俺は困った。 まだ生きる可能性がある命を、 俺は無駄にはしたくなかった。 誰かが死ぬのは、嫌だった。 悩んだ末に、 このままではこの鳥人は死んでしまうと、 俺は猫人王に直訴した。 突然訪れた俺が王に会えるのは、 俺がそれなりに戦果を収めた事以外に、 一つ大きな理由があった。 かつて、 俺は何よりも大事なものを犠牲にして王を守った事があるのだ。 俺は王を助けたことを、今でも後悔している。 俺の忠誠心が揺らぎ始めたのはそれからだ。 王もそれを知っていた。 だから王は配下に過ぎない俺に、 今でも拝謁するたびに恭しく一礼を下さる。 だが、 俺の心は報われることは無い。 王は良くも悪くも偉大な王なのだ。 国の為ならば、 犠牲も厭わない。 それが国家を支える王なのだ。 俺は王は嫌いではなかったが、 国家は好きになれなかった。 王に鳥人を国に帰すよう要請した。 せめて故郷に戻れば、 鳥人も生きる気力を取り戻すと思ったのだ。 だが、 王はそれを許しはしなかった。 王は事務的に語った。 これは両国の会議で決定したことなのだと。 この猫獣人国と鳥人国の戦争の終結に必要なことなのだと。 あの鳥人の英雄は我等にとって生きる勝利の証なのだと。 あの鳥人の英雄は彼等にとって生きる敗戦の証なのだと。 鳥人国に存在する過激派を抑止するための人質なのだと。 王は繋げて語った。 これが国家なのだ、と。 寂しそうに呟いた。 その言葉だけは、 王の本音なのだろう。 王は人の痛みを知る事のできる人物だった。 だからこそ、 何万という部下はみな王を尊敬している。 俺にもまだ、 王への忠誠心が残っている。 ならばどうすれば鳥人が生きる気力を取り戻すか、 俺は訊ねた。 王はしばらく考え、 俺に一房の苗を下さった。 王は言った。 これは生命の苗なのだと。 王家の人間が怪我をし、 身体の一部を失ったときに植えるのだと言う。 人を癒す力のある不思議な苗なのだと、 昔からの伝説なのだと語る。 この苗が成長し、 実る果実を口にしすれば、 あるいはその折れた翼の先にまた生命が宿るのではないかと、 王は言った。 そんな伝説、 俺はいままで聴いたことがなかった。 不信な顔をした俺に、王は気がついた。 そして、 伝説の真実の程は定かではないがな、 と王は苦笑した。 なるほど、 これは方便なのだろうと思った。 嘘、 なのだ。 そんな伝説、 初めから存在しないのだ。 生命の苗と呼ばれる、 この植物の種子の伝説が本当かどうかは関係ない。 この苗に生きる糧を見出せれば、 鳥人も生きる気力を取り戻せるのだと、王は考えたのだろう。 王は賢い方だった。 俺は王に感謝を述べる。 王は頷いた。 そして一言。 すまない、と囁いた。 俺はその言葉にどう返答することもできなかった。 俺と王は親友だった。 俺は王だった親友を庇い、 代わりに息子を永遠に失った。 俺はいつまでも後悔している。 それからだ。 俺がこの城から離れて暮らすようになったのは。 親友は誰よりも優しい人物だった。 虫すらも殺せないほどの優しさだった。 誰が悪いわけではない。 だだ息子を失った事実に、 俺が耐えられなかったのだ。 苗を受け取り、 俺は王に義務的な謝礼を再び述べる。 王も義務的に返し、 拝謁は終わった。 俺は急ぎ、 鳥人の泣きつづける家に戻った。 鳥人はやはり、独りで折れた翼を擦っていた。 消沈したままの鳥人に、 俺は王に会ったことを伝えた。 そして鳥人に苗を渡す。 苗を渡され、不思議そうにしている鳥人に、 俺はこの苗の伝説を語った。 これは王家に伝わる伝説の苗なのだと。 生命を宿らせる、 その果実を食べ続ければ翼が再び生え変わるのではないか、と。 王が太鼓判を押していると、 嘘をついた。 俺の話を聞きながら、鳥人は目を輝かせた。 胸に抱いた苗を見つめ、鳥人は初めて微笑んだ。 植木鉢を持ってくるという俺をジッと見つめ、 目で急かしながら、鳥人は大事そうに苗を抱えていた。 その子供っぽい様が、 とても英雄と呼ばれた将軍のソレには見えず、 俺は苦笑した。 思えば、 息子もこうやって俺を急かしていた。 けっして口では言わずに、目で訴えたのだ。 かつて、 息子と共に過ごした日々が懐かしかった。 俺の望郷をよそに、 今度は苗を植えた鉢を、 鳥人は大事そうに抱え込んだ。 俺にはなんで抱え込むのか理解できず、 訊ねる。 すると鳥人は暖めているのだと真顔で語った。 この奇妙な生活が始まってから、 鳥人と話したのは初めてだった。 その言葉に思わず吹き出して笑ってしまう。 そう、 この鳥人はまるで鳥の卵を暖めるように抱えているのだ。 おそらく、 知らないのだろう。植物の育て方を。 息子ができるまで知らなかった俺のように、 戦いだけしか知らないこの鳥人は、生活というモノに疎いのだ。 笑う俺に、鳥人は腹を立てているようだ。 笑うわけを訊ねてくる鳥人に、 俺は植物は暖めて育つわけではないことを教えた。 すると鳥人は急に俺にすがり始めた。 俺の肩を強く揺すって、 今にも泣きそうな顔で俺に問い掛ける。 どうしても苗を育てたいのだろう。 失った翼を戻すために。 あんなに警戒していた俺に、 鳥人は泣きついてきたのだ。 どうすれば植物は育つのか、 どうすれば果実が実るのか。 鳥人は俺に訊ねた。 俺は教えた。 かつて息子に教えた時と同じように。 植物の育て方を、 教えた。 鳥人は俺の言葉の逐一に頷き、真剣な顔で聞き入った。 その顔は、 想像以上に幼く、俺は驚いた。 この鳥人の戦場での勇猛さを思い出す。 英雄と呼ばれるほどに優秀だったこの鳥人に、 俺達の仲間は何人も殺された。 この鳥人は躊躇うことなく、敵をなぎ払い無表情のままに殺しつづけていた。 まるで他者を殺す恐怖を感じているようには見えなかった。 戦争だったのだ、 だから仲間を殺された事をなじるつもりも、 必要以上に恨むつもりもなかったが。 単純に、驚いていたのだ。 あの姿からは考えられないほど無垢なその姿に、 俺はギャップを感じずにはいられない。 この鳥人は、 おそらく本当に戦争以外の事は未熟なのだろう。 その日初めて、鳥人はまともな食事をとった。 お腹の調子を考え、 流動食を用意する俺に、 鳥人は俺の顔色を伺いながらもその食事を口にした。 一口食べて、 味を噛み締めて、 そして次の瞬間には皿を抱えて食べ始めた。 鳥人は食事をしてくれた事実が、 俺には嬉しかった。 苗が育つその時を夢見て、 鳥人は生きる気力を取り戻したのだろう。 食器を片付け眠ろうとする俺の目に、 苗を植えた鉢を抱きかかえたままに眠る鳥人が映った。 よほど鉢が気になるのだろうか。 だがその寝顔は希望に溢れていた。 はじめて笑顔のままで眠る鳥人をみて、 俺はやはりまた苦笑した。 その無邪気な姿に、、 かつての残像が過ぎった。 こうやって誰かの世話をするのは何年ぶりだろうか。 もしもなどと、ありえない過程を何度も考えたことがある。 もし俺が戦士ではなかったら。 もし俺が違った選択をしていたら。 もし俺が、 忠誠心などという曖昧な感情に囚われていなければ。 もしかしたらあの子は生きていたかもしれない、と。 何度も過去を後悔した。 息子を失った俺は、 初めて戦争を恨んだ。 王を恨んだ。 親友を恨んだ。 冷たくなった息子を抱いた時、 俺は自分の過ちに気が付いた。 俺の忠誠心が揺らいだ瞬間だ。 あんなに暖かかった息子ではなく、 親友だった王を助けたことを、 俺は今でも後悔している。 息子は、 誰よりも暖かかった。 ぽっかりと冷たい空洞が、 俺の心に開いたまま。 時間だけが過ぎていった。 眠る鳥人を起こさないように、そっと肩に毛布をかけた。 次の日起きると、 鳥人はまだ鉢を抱いたままに寝ていた。 俺はまた苦笑する。 二人分の朝食を作っている間に、 鳥人は目が覚めたようだ。 フライパンに火をかける俺に、 駆け足で俺に寄ってきた鳥人が訊ねた。 苗が枯れてしまったのではないか! と、俺に訴えかけてきたのだ。 鳥人はまたもや泣きそうな顔で俺を見つめている。 その真剣な表情に、 俺は一旦火を止めて、 苗の様子をみる。 どこにも異常はなかった。 そこで初めて、 鳥人は勘違いをしているのではないかと気が付いた。 かつて息子も同じ事を言ったからだ。 年齢よりも遥かに幼い心の鳥人は、 果実がすぐに実るものだと勘違いしているのだ。 だから果実を実らせない苗が、 枯れてしまったのだと思っているのだ。 俺は心配する鳥人に言った。 「植物は一日二日で果実を実らせるものではない、 毎日世話をしてやっと、成長し。 やがて時期を見計らって、その果実を咲かせる。 だからこの苗は枯れたわけではない。 これからお前が育てるのだ」と。 かつて、 息子にも同じ事を言った。 俺は少し、哀しくなった。 懐かしさが、胸を締め付ける。 幸せだった思い出が必ずしも、 自身にとって優しいとは限らないものだ。 まして後悔に囚われている俺にとって、 過去の思いの暖かさが、辛い。 「―――…。」 苗への水のやり方を教えると、 鳥人は早く咲かないかと呟きながら水を与え始めた。 口ではぶつぶつ文句を言っていたが、 その瞳は希望に溢れていた。 鳥人は少し元気になったようだ。 やはり苗は生きる糧になったのだろう。 折れた翼が治ることを夢見て、 鳥人は今期待に胸が躍っているのだろうか。 水を与え終わると、鳥人はまた鉢を暖めるように抱いた。 暖めても無駄だぞ? という俺の言葉に、鳥人はそんな事は無いと口を尖らせた。 おそらくそれは鳥人の習性なのだろう。 大事なものが心配なのだろう。 あまりにも大事そうに抱え込むその姿は、 本当に幼げで庇護欲を誘った。 守ってやりたい、とそう思ったのだ。 俺は複雑な気分だった。 かつての幸せな思い出が、 胸を強く締め付ける。 結局、大事なものを守れなかった俺が、 守ってやりたいだなんて。 皮肉な話だと思った。 様々な自嘲が心を巡るが、 それは自己満足にしか過ぎないのを知っていた。 過去の自分をどれだけ蔑んでも、 それは自分を慰める行為と同じなのだ。 再び火をかけたフライパンを見つめ、 俺は小さく息を吐いた。 大きな声で泣き出した鳥人に、俺は慌てて駆けつけた。 水を与えることを教えた翌日の事だ。 かつて息子がそうしてしまったように、 鳥人は息子と同じ過ちを犯したのだ。 元気のなくなった苗を抱え、鳥人は俺にすがった。 苗が元気を失ってしまったと、 枯れてしまうと、 鳥人は俺に泣きついてきた。 鳥人の身体はぶるぶると震えていた。 苗が枯れることが怖いのだろう。 今この苗は、 鳥人にとって最後の希望なのだ。 よく見ると苗は根崩れを起こしている。 おそらく水を与えすぎたのだろう。 泣いて動転する鳥人を落ち着かせ、 俺は訊ねた。 やはり、 俺が寝た後に何度も何度も水を与えたようだった。 俺は鳥人に、 水を与えすぎると植物が死んでしまうことを教えた。 良かれと何度も水を与えたことが仇になったと知った鳥人は、 大声を出してまた泣き出してしまった。 鉢をかかえて、 泣きじゃくるその姿は、もはや完全に息子の記憶と重なった。 身体の大きさこそ二倍以上はあったが、 その心の幼さは、 暖かかった息子と同じだった。 俺は、 馬鹿だった。 死者と他人を重ね合わせてしまった自分を、 恥じた。 その行為は死者に対しても、 またその重ねあわされた人物にとっても、 冒涜に等しいのだと俺は考えていたからだ。 だが、俺は弱かったのだ。 この無垢な鳥人がどんどん愛しく感じてしまっている。 俺は再度鳥人を慰めて、 水を吸いすぎた鉢を取り替えた。 根を傷つけないように丁寧に、 新しい土に植え替える。 鳥人はその俺の様子を息を呑んで見守っていた。 思いのほか上手く鉢を取り替え終わり、 これで大丈夫だろう、と言う俺に、 鳥人は何度も本当に大丈夫なのかと聞いて、 泣きついてきた。 その姿は子供のソレとほとんど同じだった。 俺は鳥人の頭を撫でてやり、 大丈夫だと安心させてやる。 少しして、 心が落ち着いたのか鳥人は俺の目を見つめてニコリと笑った。 無邪気な笑顔を俺に向け、 ありがとう、と微笑みかけてくれた。 俺は、 嬉しかった。 懐かしさで涙が零れそうだった。 その後二人で食事をした。 食事の最中、鳥人は俺にずっと感謝を述べていた。 心が少し暖かくなった。 また食事が終わると、 鳥人は新しくなった鉢を大事そうに抱えていた。 また鉢を抱えたままに、眠ってしまったようだ。 俺は苦笑して、再び毛布をかけてやる。 鳥人が熟睡しているのを確認し、 俺は外出した。 息子の墓にどうしても行きたくなったのだ。 手入れをされていない墓は少し荒れていて、 綺麗にするのに少し時間がかかった。 それほどに、 息子の墓に来ることがなかったのだ。 俺は、 怖かったのだ。 息子の墓が、 どうしても怖かったのだ。 俺のせいで死んだ息子に、 どう詫びたらいいかいまだにわからないでいる。 死の間際にさえも、 大好きだと言ってくれたあの息子が死んだことが、 俺には怖いのだ。 何人も他人を殺してきた俺だが。 たった一人の息子の死を恐れて、 いまも寒さが怖い。 王を守り切った俺を、 国全体が賞賛した。 死の間際の息子さえも、 全てを捨てて王を守り切った俺の事を、誇りに思う。と言ってくれた。 息子は俺を恨んではいない、 むしろ誇りに思う。と逝く前に何度も言ってくれたが、 俺は俺自身を恨まずにはいられなかった。 息子はあんなに温かかったのに。 俺は、 その温かさを守れなかったのだ。 俺は息子の墓に向かって語りかけた。 鳥人の将軍のことだ。 いまも家で熟睡している鳥人の事を、 息子の墓に話した。 墓はもちろん返事などしない。 だが、 俺は語り続けた。 しばらく話しかけ続け、 俺は最後に泣いた。 守れなくて、すまなかった…。 と。 俺は無言の墓に謝罪した。 墓はやはり無言のままで、 何も答えを返してはくれなかった。 ただ温かい風が横切り。 俺の髪を優しく撫でていった。 もうそろそろ冬になる。 俺は冬の寒さが苦手だった。 数週間たった頃、 苗は立派に成長したが、 まだ果実を実らせる気配はない。 その頃には鳥人はかつての生気を取り戻し、 俺にすっかり懐くようになっていた。 俺は複雑だった。 その無邪気な笑顔は俺に過去を思い出させる。 鳥人は四六時中、鉢を抱えて、 早く実れ、早く実れと樹に語りかけている。 植物は言葉を少しだけ理解できると、 俺が教えたからだ。 実際に、 植物が俺達の言葉を理解しているかどうかはわからないが、 鳥人が満足しているのならそれで良かった。 まるで息子の代わりにさえ思えてきた鳥人に、 俺は一抹の不安を感じている。 もし、 あの苗の伝説が嘘だと気がついたら。 きっと俺を許してはくれないだろうと思ったからだ。 あんなに俺を信頼している鳥人を、 傷つけたくなかった。 あのままでは確実に衰弱死してしまっただろうが、 今度は、 翼が蘇らないことを知ってしまった鳥人が、 そのまま生きていけるのか心配だった。 もしかしたら、 あのまま死なせてやった方が辛くなかったのかもしれないと、 馬鹿な考えも俺の中には浮かんでいた。 しばらく考えて、俺は、 少し鳥人から距離を開けた。 鳥人は俺の変化に少し不安がっていたが、 俺は気付かないフリをする。 少し嫌われようかと思った。 あまりに懐かれすぎてしまったら、 俺に裏切られたことに気がついたとき、 鳥人は大きなショックを受けるだろうと思ったからだ。 いや、 それはいい訳だった。 何より、 俺自身が傷つきたくなかったのだ。 心が温かくなるにつれて、 鳥人を大事に感じるにつれて、 俺は拒絶される事が怖くなったのだ。 鳥人が話しかけてくるタイミングに、 俺は席を立ち。 鳥人が何か言いたげに俺を見つめても、 俺は気がつかぬフリをして、 無視をする。 初めは気のせいだと思っていたらしい鳥人も、 次第に俺の変化を確信し、 毎日不安そうな顔をした。 その顔をすぐにでも慰めてやりたかったが、 俺は心を押さえて我慢した。 これ以上、 鳥人も、俺自身も傷つけたくなかったからだ。 もしあれ以上懐かれてしまったら、 お互いに傷つくだけなのだと、 俺は自身に言い聞かせ続けた。 そんな日々が続いたある日。 とうとう根負けしたのは俺だった。 ついに鳥人が俺に罵声を浴びせたのだ。 自分が鳥人だから嫌うのか? 自分が捕虜だから嫌いになってしまったのか? など、いろいろな事を叫びながら、 鳥人は俺を睨んだ。 その目は軽く潤んでいた。 全身を震わせて、 鳥人は俺をまっすぐに睨んだ。 俺は何も考えられなくなり、 鳥人を慰めてしまった。 まるで息子に責められているように思えてしまった俺は、 ついそんな事はない、 嫌いになんてなるはずがないと抱きしめてしまったのだ。 抱きしめられた鳥人はしばらく呆然として、 少し間を置き。 満足そうな顔をして、 俺を見て笑った。 良かった、と。 安心したように微笑み、鳥人は俺の胸の中に顔を埋めた。 本当に不安だったのだろう。 鳥人は俺に抱きついたまま、 何度も顔を擦りつけて良かったと繰り返す。 とても温かかった。 そしてしばらくして、 鳥人は急に自身の過去を語った。 自分にはもう仲間はいないのだと鳥人は話す。 鳥人は戦争孤児の出で、 国のために戦争のためだけに育てられてきたのだと、 だから家族が欲しかったのだと、寂しそうに語った。 俺だけは自分に優しくしてくれて嬉しいと、 鳥人は俺の尻尾を手で遊びながら、照れくさそうに語る。 そこで、 しばらく黙ったままに、鳥人は俺の尻尾をせわしなく触り続けた。 何秒の沈黙が進んだだろうか。 触られつづける尻尾がくすぐったい。 俺がいつものように髪でも撫でてやろうと思ったその時だ。 だから、 家族になってほしいのだと。 鳥人は目線を逸らしながら小さく呟いた。 俺の返事を待つ鳥人は不安で揺れていた。 おそらく勇気を振り絞って、 その言葉を漏らしたのだろう。 その健気な様子に、 心を打たれてしまった。 俺は鳥人の頭をめいいっぱい撫でてやり、 ああ、元から俺はそのつもりだったが。 と、少し青臭い言葉で俺は答えた。 その俺の言葉に、 鳥人は目を輝かせて喜んだ。 俺の尻尾を、やはり照れくさそうに手で遊びながら、 鳥人は笑った。 とても無邪気な笑顔だ。 温もりを感じる笑顔だ。 俺はまた、懐かしさに包まれた。 俺は少し風邪気味だったのだ、 だから風邪をうつさないために距離を開けていたのだ、 と嘘をついた。 嘘はいけないことだと息子にあんなに語っていたのに、 結局俺は嘘ばかりついている。 思えば、 父も俺に嘘はいけないと教えてくれていたが、 父もこうやって俺に嘘をついていたのだろう。 他人を殺したことをあるかと聞いた無知な俺に、 軍人だった父が複雑な顔をしながら「無い」と答えてくれた事を思い出した。 俺は、良かった。と心から喜んで父の膝に乗ったが、 父は俺のその残酷な問いをどう受け止めたのだろう。 もしあの時、父が「ある」と答えたなら、 まだ幼かった俺は、 きっと父を恐怖し離れてしまったのだろうと、 簡単に想像がつく。 だから父は嘘をついたのだ。 必ずしも、嘘が悪いことではないのだと、 俺は信じたかった。 だが、嘘がまた人を傷つけることも事実だ。 生きることは難しいと呟いた父を思い出し、 少しだけ過去に焦がれた。 風邪だと聞いた鳥人は、 大丈夫か?と、心配そうに何度も俺に問いかける。 もう大丈夫だ、と返す俺に。 鳥人はエヘヘ、と笑い、 良かったと、抱きついてきた。 やはりこの鳥人は年齢以上に幼く見えた。 本当に、 戦い以外に生活を知らなかったのだろう。 鳥人は俺にますます依存するようになったが、 俺はもっと鳥人に依存するようになった。 一度思い出してしまった家族の温もりは、 麻薬のように甘かった。 果実なんて、 実らせなければいいと思った。 嘘がばれてしまったら、 きっとこの暖かさは離れてしまうのだろうと、 俺は少し寂しくなった。 鳥人は毎日期待に満ちた目で苗を観察するが、 俺は毎日、不安に満ちた目で苗を観察する。 果実を実らせ、 しばらくは嘘もバレないだろうが。 果実を食べつづけても翼が蘇らないその時に、 きっと鳥人は俺を恨むのだろう。 俺は、 毎日が温かくなったが、 毎日が不安になった。 もうそろそろ冬になる。 冬は、 嫌いだった。 果実が実らないままに、 季節は冬を迎えた。 冬の寒さに耐え切れず、 俺はベットで丸くなっていた。 外は一面の銀世界だ。 冬は大嫌いだった。 この季節になると、 あの時の過去を毎日思い出す。 雪の白さが、 怖かった。 あの白が鮮血に染まって、 あの子は冷たくなってしまった。 だから、 冬は大嫌いなのだ。 俺はこの季節は寝て過ごす。 早く、 時間が経てばいいと、 俺は布団に潜って時間が過ぎるのを待つ。 そんな俺の様子に、 鳥人は不安がっていた。 俺の体調が悪いのではないかと、 鳥人は眉を顰めている。 俺は寒いだけだと、 苦笑する。 そんな日々が続いたある日、 鳥人は俺の布団に潜り込んできた。 そして俺をギュッと抱え込み始めた。 驚いた俺に、 鳥人は意外にもはっきりとした口調で動くなと言った。 寒いのなら自分が暖めてやると、 鉢をかかえていたように俺を暖め始めたのだ。 言葉のとおり、 鳥人はとても温かかった。 その温かさは心地よく、 まるで守られているかのように錯覚させる。 この温かさは俺に恐怖を忘れさせた。 この季節に、 こんなに心穏やかになれる事が俺には信じられなかった。 俺を抱きしめつづけながら、 鳥人は俺を優しく撫でつづけた。 あまりにも心が安らいで、 俺はすぐに眠ってしまった。 眠る俺を、 鳥人はずっと暖めてくれた。 それから毎日、俺は鳥人に暖められていた。 毎年苦しんでいたこの季節だが、 今年はぐっすりと眠れた。 鳥人の温かさが、 寒さの恐怖を払ってくれるのだ。 俺は鳥人の温もりに依存していた。 このまま春になるまで鳥人に暖めてもらおうと思った。 それほどまでに、 鳥人の温もりは俺に優しかった。 だが、現実はそうもいかなかった。 ある事件が起こった。 あの苗が寒さに負けて衰弱しそうだったのだ。 俺は自分を暖めるのを止めて苗を暖めろと、鳥人に言った。 鳥人は迷っていたが、 この苗の果実を食べないと翼が戻らないのだろう?と いう俺の言葉に頷いた。 苗が枯れ、 鳥人が泣く姿を見たくなかったのだ。 鳥人は弱った苗を抱え、 暖め始めた。 その姿を横目に、 俺はまた寒さに震えた。 寒さが怖かった。 雪の白さが、 俺をいつまでも責め立てる。 俺は泣きそうになった。 寒さが心を支配し、 俺は心細くなる。 いっそ声を堪えて泣いてしまおうと思った矢先だ。 鳥人が再び俺の布団に入り込んできたのだ。 驚いた俺に、 鳥人は想像以上にしっかりとした口調で俺に言った。 俺には苗よりアンタが大事だ、と。 鳥人は寒さで震えていた俺を暖めてくれた。 苗が枯れてしまったら鳥人が悲しむだろうと、 俺は鳥人を拒否しようとした。 だが、 鳥人はそれを制して、 黙って寝てろ、と。 俺をしっかりと抱え暖めてくれる。 俺は嬉しかった。 本当に、 冬の寒さが怖かったのだ。 苗はやがて枯れてしまった。 だが鳥人はそんな事も気にせずに、 俺を暖め続けてくれた。 鳥人の温もりに、 俺は幸せを感じていた。 苗が枯れてしまい、 俺の嘘がバレる事はなくなった。 俺は少し安心してしまった自分を恥じた。 冬も終わり、 春になった。 恐ろしい冬が終わり、 俺はやっと元気を取り戻した。 ずっとこの鳥人に暖めてもらったことを感謝した。 そして、 苗が枯れてしまったことを詫びた。 鳥人は、 気にするな、と言い、 大人びた表情を見せて苦笑した。 その顔には幼げなかつての笑顔ではなく、 大人の深みが現れていたことに俺ははじめて気が付いた。 鳥人はすっかり大人びた青年になっていた。 俺は複雑だった。 息子のように可愛く思えていた鳥人が、 この冬の間で立派な大人に思えてしまうことが、 少し残念だった。 今の鳥人に、 息子の面影を乗せることはできなかった。 暖かくなったのだから、 久々に料理を作ってくれという鳥人に、 俺は頷いた。 二人で食材を手に入れて、 二人で料理する。 息子の面影が消えてしまったのは寂しかったが、 いまの生活も悪くないと思った。 家族が欲しいと語った鳥人に、 いまさらながらに俺は共感した。 そしてその日の夜のことだ。 また俺を暖めようと布団に潜り込んできた鳥人に、 俺はもう暖かくなったから平気だと言った。 春は人肌が恋しくなってしまう。 俺達にとってこの季節は恋の季節なのだ。 嫌がおうにも、 肌の温もりに身体が火照ってしまう。 この季節の俺達は、 欲望に歯止めが効かない。 今にも声高に熱いメスを呼ぶ声を上げてしまいそうになるのを、 俺は我慢しているのだ。 この季節はいい匂いで溢れていた。 しばらく外にでて、 この熱を治めてこようと思った。 街にさえ出れば、 俺の馴染みのメスが何人かいる。 メス達も、この季節は焦がれているのだろうから、 きっと俺を歓迎してくれるだろう。 俺は少し期待していた。 冬が終わったことが嬉しくて、 俺は心を躍らせた。 だが、発情期だから街にでてくる、と。 まさか言える筈もなく。 俺はただ、 「明日の朝からしばらく家を空ける」と、 鳥人に言った。 俺の言葉に、鳥人は眉を顰めて理由を訊ねてくる。 俺は誤魔化そうとしたが、 鳥人は何か勘ぐっているようだった。 鳥人は俺が街に出るのは反対だと、 強く俺を睨んだ。 その鋭い眼差しは、 かつて戦場であいまみえた時のソレとは違うが、 とても強く真剣な目だった。 あまりにも強いその視線に負けて、 俺は素直に理由を話した。 発情期で身体が火照るから、 街に出てくるのだと。 馬鹿正直に話す自分に少し後悔したが、 家族にくだらない事で嘘はつきたくなかった。 嘘は、 必要な時にだけつけばいいのだ。 恥ずかしくて顔から火が噴きそうだったが、 鳥人は理解したようだ。 分かった、と。 鳥人は意外にも素直に頷いた。 もっとダダをこねると思ったのだが、 やはりこの鳥人はすっかり大人びてしまったのだろう。 はじめこの家に泣きながら連れて来られた時を思い出し、 俺は小さく苦笑した。 ずいぶん立派になったものだと、 俺は感慨に耽る。 外に出て行こうとしている鳥人に、 どこに行くのかと訊ねると、 森で植物の果実を齧ってくると言っていた。 果実ならこのあいだ一緒に集めたのがまだ残っていると思ったが、 俺はあまり不思議には思わなかった。 それよりも、 明日からのめくるめく春の生活に、 俺は浮かれていた。 興奮でなかなか寝付けない夜に、 鳥人が帰ってきた。 遅かったなと言う俺に、 鳥人は無表情のままごめんと、言った。 俺は早く眠ろうと、 枕を抱いて羊を数えた。 何匹羊を数えただろうか、 俺は美味しそうな羊を夢で追いかけながら眠ってしまった。 布団に潜り込んでくる気配に俺は目を覚ます。 鳥人がまた布団に入ってきたのだ。 春はまだ寒く、 その暖かさは心地よかった。 俺は鳥人の温もりを得ようと、 強く抱きついた。 だが、 だんだんと身体が火照ってきて、 なにか次第に堪えられないほどの熱情が込み上げてくる。 このまま盛ってしまいたいような、 そんな欲望に俺は襲われた。 身体がモゾモゾとせわしなく蠢いた。 頭が熱さで蕩けた。 何か、変だった。 そして俺は目を開き、 驚いた。 鳥人がニヤリと悪戯そうな顔をしながら、 俺の鼻元にマタタビの樹の枝を擦りつけていたのだ。 俺はマタタビの媚薬成分に震えた。 頭が朦朧として、 淫らな気分になる。 勝手に喉が、ゴロゴロゴロと喜びの声を上げた。 俺が事態をきちんと掴めていないままに、 鳥人は俺の喉を舐め上げた。 発情期なら俺が相手をしてやる。 だから街には出る必要が無い、と。 鳥人は精悍な顔を俺に向けたままに、 真剣に語った。 そして、 俺の事が好きなのだと。 俺を独占したいのだと。 冬の間、俺を暖めながらずっと欲望を我慢していたのだと、 鳥人は俺に語った。 その顔は本当にまっすぐで、 微塵も不安を抱いてはいなかった。 そこにはかつての幼さなど少しも感じない。 精悍な一匹の雄として、 鳥人は俺に求愛していたのだ。 俺は言われた言葉がよく分からなかったが、 鳥人の真剣さを受け止め、小さく頷いた。 肌の触れ合う感触が心地よくて、 喉をますます鳴らしてしまった。 頭を鳥人に擦りつけて、 俺は喉を鳴らしつづける。 その反応に、鳥人は微笑んだ。 俺の身体を組み敷いて、 鳥人は俺に愛撫をし始めた。 たどたどしいその指の動きに、 俺は眉を顰める。 指先が熱い肌を掠め、 俺は跳ねる。 朦朧とした頭が、 快感を求めて俺に言葉を吐かせる。 淫らな言葉を口にした俺に、 鳥人は顔を赤くしていた。 俺の下肢を弄り、 鳥人は俺の後ろの穴を穿りだす。 冷たい粘膜を纏った指先が穴を侵食し、 俺はますます喉を鳴らした。 後ろを弄られているというのに、 俺は全然痛くなかった。 むしろ快感を感じてしまっている。 マタタビの成分が俺の思考を支配し、 また発情期の焦がれが快感を素直に受け入れてしまうのだ。 喉を鳴らしつづける俺に、 鳥人は優しく喉を撫でつづけてくれる。 息子とまで感じていこの鳥人に犯されそうになっているのに、 俺の思考は快感と喜びでいっぱいだった。 抵抗する気配のない俺に、 鳥人は満足しているようだ。 少しして、 鳥人が俺の後ろを犯し始めた。 男に犯されるのはもちろん初めてだった。 だが、 その大きな雄も俺は快感として受け入れた。 鳥人は挿入の快感を堪え、 息を漏らした。 なんとか最後の最後まで、 鳥人の雄を受け入れ。 俺は快感に酔った。 全身を巡る刺激に、 俺は震えた。 どうやら鳥人は性交が初めてのようだ。 どれぐらいの力で相手を抱いたらいいか、 分からないのだろう。 精悍なその顔が戸惑う姿は愛らしい。 俺は喉を鳴らしながら、苦笑した。 そして不安そうにしている鳥人を抱きしめてやる。 筋肉の硬さに、 俺は雄に抱かれているのだと実感する。 だが、この鳥人の真剣な目を思うと、 無下にすることはできなかった。 抱きしめてやると、 鳥人の筋肉が緊張でピクリと動く。 俺を犯す雄も、また大きく動き、 俺は声を上げる。 心配そうに俺を見つめる鳥人に、 大丈夫だと笑いかけてやる。 鳥人は俺の言葉に元気をつけ、 少しずつ腰をスライドし始めた。 たどたどしく、 だが力強く。 鳥人は俺を犯し始めた。 俺は腰の奥を突かれるたびに喉をゴロゴロならした。 本当に、気持よかったのだ。 久々に他人と肌を合わせる感触が、 心地よいのだ。 俺にしがみ付いて、 快感を堪えながら腰を動かす鳥人は、 とてもかわいい。 一生懸命に俺を喜ばせようと、 必死になっているその様は、 かつてとは違った意味で庇護欲を誘った。 射精をなんとか堪えているその表情に、 俺は苦笑し。 中に出していいと、言ってやる。 鳥人は顔を真っ赤に染めるが、 もう我慢の限界だったのだろうか。 頷いた後。 数度、 強く、俺に腰を叩きつけて、 鳥人は俺の中に飛沫を放った。 俺の中に、 雄の熱い精子が入り込む。 達してしまった鳥人は、 俺の上に覆い被さりながら凭れた。 息を乱して、 先に射精してしまったことを詫びている。 その重さはとても心地よかった。 詫びる鳥人に、 俺はまた苦笑した。 しばらくして、 俺の中に入ったままになっていた鳥人の雄が再び熱を持ってくる。 鳥人は我慢ができなくなったのか、 また小さく腰を蠢かし始めた。 鳥人の雄が、 俺の粘膜を押し広げ、俺の感じる場所を掠める。 発情期だけでは説明できないほどに、 俺はこの鳥人に抱かれる事を喜んでいた。 喉を鳴らしつづける俺に、 鳥人は嬉しいのだと言う。 快感を堪えながら、 鳥人は優しく俺を犯している。 本当はもっと欲望に任せて俺を犯したいのだろう。 若い雄である鳥人は、それを我慢し俺の身体を気遣いながら、 ゆっくりと中を味わっているようだ。 俺は苦笑し、 もっと強くしてもいいと教えてやる。 鳥人は再び真っ赤に染まり、 そして次の瞬間には乱暴に俺に腰を叩きつけ始めた。 俺はその性急さに、俺は耐えた。 荒い息を立てて、 鳥人は俺を犯す。 俺は奥を乱暴に突かれる度に、 また喉を大きく鳴らした。 溢れ出す鳥人の汗が、鳥人が上で蠢くたびに俺の上に垂れた。 汗は冷たく、火照った身体にとても心地よい。 喉を鳴らしつづける俺の顔をつかみ、 乱暴に腰を叩きつけながら、 鳥人は俺の唇をついばんだ。 何度も何度もついばんで、キスをする。 もどかしくて口を開き、 俺は鳥人の舌を自ら受け入れる。 鳥人はやはり俺を犯しながら、 俺の口腔を深く味わった。 キスをするのも初めてなのだろう。 戸惑いながら動く舌にやり方を教え込むように、 俺は性感を煽るように舌を絡めた。 すぐにコツを覚えたのか。 鳥人は俺の口の中を存分に嬲った。 呼吸が乱れ、 俺は犯されながら達してしまいそうになる。 俺の限界が近い事を察する余裕が無いのか、 鳥人は俺の変化に気がつかないままに上下の口を犯しつづけた。 そして、 最奥まで犯されて。 俺はついに達してしまう。 射精後の気だるさが襲うが、 鳥人の行為はまだ終わらなかった。 俺が達してしまった事に気が付いていないのだ。 俺の口をいまだにおいしそうにしゃぶり続け、 腰の奥を蠢く雄もいまだに俺を味わい続けている。 少しきつかった。 だが、 一生懸命に動きつづける鳥人のかわいらしさに、 俺は我慢をして受け止めつづける。 すこしして、 自分の腹が汚れている事を見た鳥人は、 俺が達してしまっている事に気付いたようだ。 また詫びる鳥人に、 俺は気にしないで続けろと言った。 まだ鳥人が満足できないようだったからだ。 それもそうだろう。 初めて性行為を体感する若い雄は、 まだまだ相手を貪りたいはずなのだろうと思った。 俺の言葉に、 うんと頷き、鳥人はまた腰を乱暴に動かす。 俺は自分の上で動きつづける若い雄を、 受け止めつづけた。 行為は長く続いた。 何度達しても、 ずっと我慢していた鳥人は満足できないようだったのだ。 冬の間どれだけ我慢を続けていたのだろうか。 俺はとっくに限界だったが、 そのかわいらしい姿に俺は絆されっぱなしだ。 満足するまで続けていいと言う俺に、 鳥人は顔を赤くして動きつづける。 何度も何度も俺の中には若い飛沫が放たれて、 その度に俺は喉を鳴らした。 俺自身も何度も達して、 俺を抱きつづける鳥人の動きに酔った。 目が覚めて、 昨夜の濃い性交を思い出し、 俺は少し後悔した。 この鳥人と寝たことへの後悔ではない。 足腰がまるでたたなかったのだ。 初めて男に犯されたのに、 あんなに無理をして何度も抱かれていたのだから、 当たり前のことなのだろうが。 俺が目覚めた事に気が付いた鳥人は、 俺を見てエヘヘと無邪気に笑った。 昨日の俺を抱き始める時に見せた精悍な顔も、 いまはデレデレとした崩れた笑顔になっている。 腰が立たないと文句を言った俺に、 鳥人はまた意地悪い顔をして笑った。 これでしばらくは街に出てしまう心配はなくなった、と。 鳥人は心から安心したようだ。 そして、 愛している、とまっすぐに俺を見つめて鳥人は語った。 その表情には、完全に息子の面影は無かった。 立派に成人した男としての鳥人が、 俺にまっすぐに向かって愛を語っているのだ。 鳥人族の愛はとても深いものなのだと聞いたことがある。 一度愛したツガイを一生愛しきるのだと、 そう知っていた。 どんなことがあっても、 その愛がなくなることがないらしい。 俺は内心複雑だった。 雄に犯された事や、 息子に面影を乗せていた鳥人に愛を囁かれた事が。 だが、俺は嬉しさのあまりに、 マタタビを使われたわけでもないのに、 喉をゴロゴロと鳴らしてしまっていた。 俺のその反応に、 鳥人は嬉しそうに俺を撫でた。 そして俺に一つの苗を手渡してきた。 おそらくマタタビを探したときに一緒に持ってきたのだろうか。 俺は驚いた。 その苗は、 あの嘘の伝説の苗だったのだ。 鳥人はこれが伝説の苗なのだと語った。 この伝説の苗から実る果実を口にすれば、 二人の間には可愛らしい子が授かる事もできるのだと、 鳥人は真顔で語った。 伝説を語り尽くした後、 鳥人は舌を出して笑った。 もちろんそれは嘘なのだろう。 あの苗が嘘だったと、 鳥人は気がついていたのだ。 いつから気が付いたのかと聞くと、 鳥人は少し考えた後、 秘密だと答えて、教えてはくれなかった。 二人で墓参りに行った。 もちろん息子の墓だ。 俺は墓前に手を合わせ、 中に眠っているのが息子なのだと語る。 そして、 俺は死なせてしまった理由を語った。 どうしても、 聞いてほしかったのだ。 俺の話に、 鳥人は黙ったままに聞き続けてくれた、 いまも後悔していると言う俺に、 鳥人は困った顔をしていた。 そしてしばらく考え込んだ後に、 驚きの事実を口にしだす。 全て知っていた、と。 鳥人は言った。 息子の魂が教えてくれたのだと、 俺を温めている冬の間、 何度も息子の魂が訪問していたのだと言うのだ。 驚いて言葉が出ない俺に、 鳥人は続けた。 息子の魂は鳥人に語り続けたらしい。 過去の事を、 自身が死んだことを、 そして俺の事を。 いつまでも後悔に囚われている俺が心配で、 あの世に行けないのだと。 息子がそう言ったらしいのだ。 魂になった息子は何度も俺に話しかけようとしたらしいが、 まるで俺は気がつかなかったのだと言う。 俺は愕然とした。 俺が後悔し続けていれば息子も成仏できない、と。 だからもう後悔してはいけないのだと、 鳥人は優しく俺に言った。 俺はその言葉に頷き、 息子の墓に手を合わせた。 だが、俺は気が付いていた。 息子の魂が訪問したというのも方便なのだろう。 俺が伝説の苗を持ってきたように、 鳥人は俺の過去の呪縛を解き放ってくれようとしているのだ。 俺は苦笑してしまった。 鳥人は俺を気遣ってくれているのだ。 俺は気がつかなかったフリをして、続けた。 息子の墓に向かって、 もう必要以上に悔やんだりしないから成仏してくれと語りかける。 俺の言葉に、 鳥人も手を合わせる。 しばらく黙とうし、 やがて鳥人は帰ろうかと囁いた。 鳥人のついた嘘は綺麗事だったのかもしれないが、 俺の心は不思議と軽くなった。 俺の手をとり、 鳥人は墓を後にしようとした。 俺はそれに従って歩き出す。 息子の墓をもう一度振り返って、 すまない、 と心の中で呼びかけた。 すると不思議なことに強い突風が俺達の傍を横切った。 強い風から俺を守ろうと、 鳥人が俺の腕をしっかりとつかみ庇ってくれる。 突風が止まると、 春風に紛れて綺麗な白い花が空から降ってきた。 花はゆらゆらと舞い降りてきて、 俺達の腕の中に収まる。 綺麗な花だった。 息子が育てていた苗に生る花と、 同じ種類の花だった。 まるでブーケのようだと、 鳥人は笑った。 きっと息子が最後にプレゼントをくれたのだと、 鳥人は言った。 そんなはずはないと、 俺は思ったが、 それを否定するかのように天から次々と花びらが舞い落ちてきた。 それはとても綺麗で、 温かい情景だった。 まさか本当に息子が、 と夢見がちな事を考えたが。 俺の中の大人がそれを否定した。 もう一度息子の墓を振り返って、 俺は目を疑った。 息子がいたのだ。 本当に、 死んだはずの息子が俺達に手を振っていたのだ。 その姿はとても懐かしく、 俺は走って駆け付けた。 息子の魂は俺に笑いかけ、 ありがとうと微笑んだ。 嘘ではなかったのだ。 本当に、 鳥人は息子の魂を見ていたのだ。 駆け寄ってきた鳥人に、 息子の魂が言った。 約束通り父さんを幸せにしないと天から祟ってやるぞ! と、 冗談交じりに言いながら、 息子の魂は鳥人に向かって礼をした。 鳥人は言われるまでもないと、俺を強く抱きしめて、 息子の魂に言う。 俺は涙で何も言えなかった。 泣くことしかできない俺に、 息子の魂は苦笑していた。 その顔は生きていた時のソレとまったく同じもので、 俺はますます瞳を震わせる。 もう行かなきゃ、と、 息子は天へと昇って行った。 泣き続ける俺を、 鳥人は優しく抱きしめ続けてくれた。 鳥人はとても温かかった。 家に帰って、 俺は話を聞いた。 鳥人は教えてくれた。 本当に息子の魂が俺を訪ねてきていたのだと、 鳥人は語った。 そして、 鳥人は息子と約束したらしい。 俺を絶対に幸せにする、と。 そう誓ったらしいのだ。 冬の期間に、 急に鳥人が大人びたのもその影響があったのかもしれない。 俺は嬉しかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ※以下エピローグですが、 好みの分かれる表現が含まれます。 閲覧される際はご注意ください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 数か月たった頃のことだ。 俺の中に不思議な変化が起こった。 腹の中に何か違和感を感じたのだ。 その違和感に疑問を感じていた俺に、 鳥人が喜んでいた。 なぜ喜ぶか聞く俺に、 鳥人はニヤリと小さく笑った。 だが笑った理由を、 鳥人は教えてはくれなかった。 不思議に思ったが俺は風邪でも引いたのかと、 布団で眠る事にした。 布団で眠る俺の横に、 鳥人がいつものように入り込んでくる。 そして俺をまた温めてくれた。 俺は鳥人に温めてもらえるのが嬉しくて、 ついゴロゴロと喉をならしてしまう。 なんとなく気だるさを感じたまま三日が過ぎ、 俺達の家に来客があった。 その珍客に俺は驚いてしまう。 なんと王が、 お忍びで訪ねてきたのだ。 俺は驚きのあまりに敬語ではなく、 かつて親友だった頃の名を呼んでしまう。 つい呼んでしまったかつての名に、 王は笑った。 そして昔のような悪戯そうな顔をし、 王は俺に言った。 懐妊、おめでとう! と、王は意味の分からない言葉を口にする。 意味がわからずにいる俺に、 鳥人はありがとうございますと恭しく礼をした。 俺はわけがわからず呆然としてしまう。 疑問符を浮かべる俺に、 鳥人は苦笑しながらも、俺達の赤ちゃんができたのだと嬉しそうに語った。 そこで初めて理解する。 鳥人が持ってきた、 あの苗は本物だったのだ。 本当に、 俺は妊娠してしまっているのだ。 俺から子が生まれるのだと思うと、 俺は嬉しさと突然の動揺で慌てまくった。 慌てる俺に、 鳥人はよしよしと頭を撫でて落ち着かせようとしている。 王は俺達を見ながら、 二人の子が生まれれば、 よりいっそう国同士の協調ムードが盛り上がると、 他人事のように語った。 俺達の子はこの国と鳥人族にとって和平の証なのだと。 冗談交じりに王は言った。 よくよく聞くと、 あの苗を持ってきたのはこの親友だった王なのだと、 鳥人は嬉しそうに語った。 昔から優しいが喰えない性格だったこの親友を、 俺は睨みつけた。 親友は気がつかぬフリをして笑っていたが、 その表情は思いのほか軟らかかった。 王は俺を見つめて、 幸せになれ、 と一言残し帰って行った。 その表情はかつての親友のソレだった。 鳥人はまたもや恭しく礼をし、 王の帰りを見送る。 戻ってきた鳥人に、 俺は当然抗議をした。 家の戸を閉めるよりも前に鳥人を呼びつける。 抗議の内容はもちろん。 嘘だと思わせておいて、 本当に妊娠の出来る果実を俺に食べさせていたことだ。 嘘を絶対に言わないと言っていたこの鳥人に、 俺は騙されていたのだ。 俺が怒っている事に気がつくと、 鳥人は少し反省しているようだった。 だが、 やはり子ができた喜びが大きいのか、すぐに顔がにやけはじめ。 俺を優しく抱きしめてごめんね、とほほ笑む。 俺も本当は少し嬉しくて、 鳥人に強く抱きついた。 鳥人はとても温かくて、 俺は幸せだった。 ふと息子を思い出し、 俺は天を煽る。 開きっぱなしだった扉から、 一輪の花が舞い落ちてきた。 それは綺麗な白い花で、 まるで俺達を祝福するかのように空を優しく舞っていた。 |
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